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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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小エピローグ 仮面の公爵令嬢

「お世話になりました」


 この言葉を何度、口にしてきただろうか。


 ──スラムから娼館へ、娼館から男爵家へ、男爵家から『瑠璃宮』へ。


 厄介払いのように居場所を転々としてきた俺は、再び別の場所に赴く。

 けれど、今までのように邪魔者として売られるのではない。


「元気でね、アヴィナ」

「手紙を書くのよ」

「むしろちょくちょく遊びに来なさい」


 公爵家への移動は朝早くに行うことにした。

 その甲斐あってか、姉たちも見習いたちもほとんどが見送りに参加してくれた。

 女主人ももちろん見送りに立ってくれて、


「ほんの数年で大きな恩返しをしてくれてありがとう、アヴィナ」

「こちらこそありがとうございました。たくさんのことを教わったご恩は、返しきれた気がしません」


 男爵家からの購入費用は実際、一年以内にペイできたらしいが。

 教育を受ける機会と稀有な経験を得る機会はお金には代えがたい。

 対価を払ったからって、感謝をしなくていいことにはならない。


「ありがとうございました、『おかあさま』」

「っ。……やめてちょうだい。売るのが惜しくなるでしょう」


 らしくないことを言いながら目じりを擦る彼女に俺は微笑みを返して。


 ──行きたくないな、と思った。


 もっとみんなと一緒にいたい。

 温かくて、面白おかしくて、幸せでいっぱいなここで過ごしたい。

 拳を握って涙をこらえる。


 公爵家の養女になって、真っ当な生活ができるようになる。

 普通に考えたらこれ以上ない幸せだ。

 今更嫌だ、なんて言ったらそれこそ怒られる。


「お姉さまがたも、本当にありがとうございました」


 娼姫以外の従業員も含めて、みんなにはそれぞれ贈り物を用意した。


「ロザリーお姉さまにはわたしとお揃いで造ってもらった短剣を、ヴィオレお姉さまには新しいペンを、それから──」


 使える金が段違いなので、前のより品物の質もぐっと良い。

 一人一人に手渡し、抱擁を交わして。


「きりがないので、そろそろ参りますね。……ではまた、近いうちに」

「ええ。あなたの噂はここにも届くでしょうし」

「貴族社会であなたがどう、ここでの経験を活かすか楽しみにしているわ」

「それは、責任重大ですね?」


 公爵家の馬車は、会話が終わるまで静かに待っていてくれた。

 荷物はあらかじめ送ってあるので、今日は身軽だ。


「出してください」

「かしこまりました」


 馬がいななき、蹄と車輪の音と共にこれまでの家が離れていく。

 ここなら大丈夫だと思ったら、一気に涙が溢れてきた。

 震えながら胸を抱きしめて、気持ちを吐き出す。


「さようなら。ありがとう、みんな……っ!」


 『瑠璃宮』を離れても、俺の戦いはまだ終わらない。

 えっちな衣装を広めるという野望はまだ始まったばかりだ。


 もっと、もっと強くなる。

 優雅に美しく、あの人たちに胸を張れるように有名になる。




    ◇    ◇    ◇




 そうして、時は流れて四月──。


 春のやってきた王国で、貴族学園の新学期が開始する。

 十二歳の貴族子女が一堂に会し、次代を担うための教育を受ける場。

 上等な制服に身を包み、優雅に、気高く、友と敵を見極める場。


 ──期待と不安を胸にした新入生の中には俺、アヴィナ・フェニリードの姿もあった。


 公爵家の令嬢として伴を連れ、胸を張って学園の門をくぐる。

 石畳に靴音を響かせる俺の元には多くの視線が集まった。


「おい、あれ……」

「ああ、もしかしてあれが噂の」


 校則にのっとって仕立てた制服は特別、露出が多いわけではない。

 にもかかわらず見つめられるのにはいくつか理由がある。


「公爵家の養女となったっていう……」

「神殿で大聖女の位を授かった方」


 癖がつかなさすぎて逆に癖のない銀のストレートロング。

 栄養たっぷり摂れたおかげか、はたまたチートの賜物か年相応に伸びた身長。

 Bカップを超えて主張のはっきりしてきた胸。

 陽光の下にあっても焼ける気配の白い肌。


 ──ただし、成長と共に深みを増す青の瞳は晒されていない。


「あの仮面。顔を隠しているっていう噂は本当だったのか」

「少し不気味ではありますけれど……」

「噂ほどの美しさではないから隠しているのでは?」


 学園入学にあたり、俺はヴェールの代わりに仮面をつけることになった。

 目の周りだけを隠すタイプではなく、顔のほぼ全体を覆うタイプ。

 この仮面は魔法の品だ。


 目と口もとまで隠れているにもかかわらず、視界も声も遮られない。

 仮面自体も精巧な品だが、虚ろな眼窩しか持たないその姿は目立つ。

 誰が呼んだか、


「仮面の、公爵令嬢」


 俺は、笑顔という武器を封印した代わりに神秘と謎を手にしたことになる。


「あら、これはこれは。今年の新入生は風変りですわね?」


 公爵家の名と仮面のインパクトから誰もが声をかけるのをためらう中。

 真っ先に声をかけてきたのは、太陽を思わせる美貌を纏った侯爵令嬢だった。

 取り巻きを引き連れた『聖女』セレスティナ・アーバーグは上から俺を見下ろすと、


「ごきげんよう、フェニリード公爵令嬢様」

「ごきげんよう、アーバーグ侯爵令嬢さま」


 仮面の下から澄んだ声が届いたことに、注目していた者たちは目をみはる。

 侯爵令嬢の唇が笑みの形に歪んで、


「さすがに制服ではあのおかしな趣味は発揮されなかったようですわね」

「おかしいとは思っておりませんが、この制服も趣向をこらしたお気に入りなのですよ?」


 仮面の下で微笑み返した俺もまた、ごごご、とプレッシャーを放つ。

 別に仲が悪いわけじゃない。

 むしろ神殿では共同戦線を張る俺たちだが、互いにこうも思っている。


 ──わたし(わたくし)のファッションセンスはおかしくないし、こいつには負けない!


「細かく分解が可能になっていて、通気性と軽やかさを確保することができるのです」

「あら、それでは色や形を部分的に変更することもできますわね」

「ええ、夏場などは袖からも空気を取り込んでみとか」

「フリルをふんだんに使った袖を、行事の時だけ特別に用いるとか」


 どうしてこいつはどんどん布を重ねる方向にばかり行くのか。

 どうしてこの方はどんどん脱ぐ方向に行くのかしら。

 互いが互いにそう不思議に思いながら「仲良く」にらみ合うと。


「アーバーグ侯爵令嬢が入学早々、フェニリード公爵令嬢に因縁をつけている」

「これは、今年の学園も荒れるぞ」


 いや、だから仲良く喧嘩してるだけなんだが。

 周りからだとそれはわかりづらいようで、第一王子の婚約者にして『聖女』の侯爵令嬢と、『大聖女』の公爵令嬢は早くも一挙一動を皆から注目されるようになった。


 ここが新たな俺の戦場。


 新しい家と、まだ改革が始まったばかりの神殿もある。

 覚えることもやるべきこともまだまだたくさんだ。


 けれど、着実に進んでいる実感もある。


 ──大聖女にして公爵令嬢なら、これ以上ないくらい人から見られる!


 パーティーやお茶会にも参加できるし、お披露目の場はたっぷりだ。

 この国のえっちなファッションリーダーとしてこれから本格的に活動していく。


 忙しくなるだろうが、今まで教えられたことを活用すればきっとなんとかなる。

 希望に満ちた未来へ俺は一歩を踏み出して。


 学園生活にも慣れてきた頃、新たな養父からこう告げられた。


「君には第三王子殿下の婚約者候補として登城し、殿下との面会を行ってもらう」


 待ってくれ、王子の婚約者がえっちな衣装はさすがにまずいんじゃないか……?

 新たに降りかかる試練に、果たして俺は打ち勝つことができるだろうか。

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