『大聖女』アヴィナ -2-
俺の身請け先決定は発表後、一気に各所へと広がった。
引退までの約一月は予約が殺到し、女主人は嬉しい悲鳴を上げていた。
「他の娼姫に割り振っても収まりきらないわね、これは」
これを受けて見習いの一人が急遽、デビューを早めることに。
「ありがとうございます、アヴィナお姉さま! お陰で私も一人前になれます!」
「ええ、頑張ってね。応援しているわ」
芸能界と同じで先にデビューしたほうが「お姉さま」。
先輩ぶって激励し、お客様に年上の「妹」を紹介した。
「まさかこんなに早く身請けされるとはな……」
「申し訳ございません、旦那さま。どうかアヴィナの門出をお祝いくださいませ」
運よく予約を取れた客にはお詫びをしつつサービスをする。
「君が大人になるまで準備して待つつもりだったというのに……フェニリード家め」
「どうしても、と、求めていただけて、わたしとしても光栄の至りです」
ちなみに俺の値は最終的に「竜貨400枚」までつり上がった。
と言っても全てが『瑠璃宮』に収まるわけじゃない。
一部は公爵家入りの支度金として使われ、別の一部は神殿への毎月の寄進に回される。
諸経費を加えた額を身請け金と発表することで箔をつけたのだ。
まあ、純粋な身請け金だけでも馬鹿みたいな額だが。
「くそ。……いっそのこと、お前がここで何をしていたか暴露してやろうか」
「あら、旦那さま? 一夜の夢を人に語るのは野暮ではありませんか?」
お前がそのつもりならこっちもお前の言動をバラせるんだぞ、と脅すとアレな客も黙った。
◇ ◇ ◇
『瑠璃宮』の娼姫を公爵家が身請けした。
娼姫は神殿ともつながりを持っており、新たな役職を創設してまで迎え入れられた。
象徴的な意味における神殿のトップが入れ替わり改革が宣言された。
噂はあっという間に都中へと広がった。
渦中の神殿では上から下へと伝達が行われて新体制への理解が求められている。
俺も打ち合わせのために足を運ぶことがあったものの、すぐには浸透しきらないようで、
「なにが公爵令嬢だ」
「大神官様と神官長様を篭絡して、なんて女なの」
「神殿を金で買うような方に聖女が務まるわけが」
小さくも重い呟きが俺の耳にまで届いた。
奇しくも、大神官派と神官長派の垣根は低いものとなっていて。
言わば「反アヴィナ派」は両派閥の一部によって構成される一大派閥となった。
──同時に、俺を支持する声もあちこちから上がった。
「施しを強化してくださったアヴィナ様は本当の聖女だ」
平民の中でも特に貧しい貧民から。
「あの子には世話になったからね。うちとしては支持するよ」
とある娼館のおかみさんから。
「当家にとって彼女は上得意だ。公爵令嬢となっても変わらぬ贔屓を期待する」
男爵家の現当主から。
「我々も新たな聖女、いえ大聖女を支持します」
「神官長体制のもと推し進められようとしていた冒険者規制が止まったのですから」
冒険者となった聖職者たちからも。
これはヴィオレが冒険者の魔法使いと、ロザリーが冒険者の剣士と、ラニスがかつての同僚たちと今でも交流を持っていたおかげだ。
彼女らが俺のことを広めてくれたおかげで草の根に支持が広がり、そして──。
◇ ◇ ◇
幹部会議で決定された大聖女就任。
正式な就任の義があらためて執り行われた。
最低限の人員を残し、神殿の人間は全員参加。
一般客のお祈りをこの時ばかりは控えてもらい、祈りの間の、大神像までの道の左右に関係者がずらり。
平民や位の低い貴族も通路やエントランスに並んで見守ることが許された。
「わたくしの時も同様でしたけれど、人数はより多いかもしれませんわね」
とは、セレスティナの談。
公爵家が養女とし、神殿が大手を振って迎える娘──注目度はかなり高いらしい。
そのセレスティナも先に参列して。
公爵家のメイドに着替えさせてもらった俺はゆっくりと祈りの間へと向かった。
大神像の前までの道がまるでバージンロードのよう。
白い衣装にヴェールまで装着しているから余計にそう感じる。
視線の数にさすがの緊張を覚えるも、目線はまっすぐ。
堂々とした歩みに感嘆の吐息がこぼれて。
同時に、多くの者からは戸惑いの気配も発せられた。
「聖女の衣ではないのか……?」
「あれは、あまりにもその、目のやり場に困るというか」
極薄の生地で作られた白ドレスに、要所に配した金の留め具。
今回のドレスは前に用いたものではなく、高級店に一から仕立ててもらったものだ。
さりげなく刺繍なども施されていてデザイン自体は上品。
布面積も非常に多いものの、布の『厚み』はギリギリまで削られている。
加えて今回は下着もできる限り目立たないようにした。
ブラは着けておらず、ショーツは試作品の超ローレグ。
目を凝らせばあるとわかるが、凝視した時点で肌の白さと布透け感がこれでもかと主張してくる。
──清楚+えっちの、現時点での到達点と言っていいだろう。
俺的二大えっちなファンタジー職業は女騎士と女冒険者だが、女聖職者もえっちだ。
神に仕える者である以上、基本は清楚なのだが……清楚ってえっちだよな?
別におかしくなったわけではなく。
白とか銀色とかもそうだが「清らかだからえっちじゃないですよ?」って顔して身体のライン出てたりとか、異性に対して無防備だったりとか、濡れ透けしてても許される雰囲気出してたりとか、えっちじゃないと強弁するほうがおかしい。
なお、これをえっちだと批判してくる相手にはこう告げればいい。
は? こんな清楚な衣装をえっち扱いとかないわー、お前の頭がえっちなんじゃないのー?
若干ざわつきながらも、俺の到着と共に儀式は始まった。
大神官による今回の経緯の説明。
もちろん「神官長と仲直りするために名誉職を増やします」とか率直に言わず、神話を引き合いに出しつつ抽象的に語られる。
「聖女とは神の代行者である。この解釈については長年議論がなされている。代行者とはあくまで使徒なのか、現世において神そのものとして扱われるべき存在なのか」
年長者が厳かな口調で語るとありがたく聞こえるから不思議である。
「聖女をあくまで使徒とするならば、代行者ならぬ代理人としてさらなる象徴が必要かもしれぬ。そしてそれを務められるとすれば、このアヴィナ様をおいて他にはいない」
広い空間に声が響き渡り、
「アヴィナ・フェニリードよ。其方は神の代理人としてその力を民のため、苦しむ者のために振るい、聖女を──そして我々を幸福へと導くと誓うか?」
「はい、誓います」
「よろしい。では、今ここに其方を『大聖女』と認める」
大神官の傍らにラニスが立ち、蓋の開かれた箱を差し出す。
中に入っていた白い石の聖印が取り上げられて。
しゃらん、と、銀色の細いチェーンが音を立てる。
本来跪くべきところだが、身長差があるので軽く身をかがめるだけにとどめて。
俺の首に、聖女の証である『神の石の聖印』が装着された。
直後、高い天井を突き抜けるようにして柔らかな光が降り注いだ。
ほのかに温かい聖なる輝きは俺を中心として祈りの間全体を包み込み、居合わせた者たちは感動と驚きに身を震わせた。
「おお……! アヴィナ様の就任を神が歓迎されている!」
ちなみにこれは俺もなにもしてない、ガチのやつだ。
大神官が涙と共に跪くと、大勢の信徒たちがいっせいにそれに倣った。
進み出た聖女セレスティナは皆と同じように俺を敬うと、いちはやく立ち上がって、
「アヴィナ様がいてくだされば百人力ですわ。頼りにさせてくださいませ」
「わたしも、先輩としてセレスティナ様を頼りにさせていただきます」
「ふふん。もちろん、わたくしも聖女の端くれですので」
名ばかりとはいえトップだったのが、代わりに俺がトップになったからって急に元気だな。
と、そこでセレスティナ様は声をひそめて、
「ところで、どうして白の衣でいらっしゃらなかったんですの? 聞いておりませんわよ」
「それはもちろん、従来の衣では生地が厚すぎるからです」
「白は透けやすいですもの。薄い生地でははしたないでしょう」
「ですが、神の偶像は衣の上からでも身体の起伏がわかるお姿です」
石像だからいいものの、美少女フィギュアだったら「えっろ」と言われているに違いない。
ちょっとした会話のつもりだっただろうに、セレスティナはだんだんむっとし始めて、
「この衣が地味というならわかりますけれど、それならば布を重ねるなり装飾を増やすべきですわ!」
そう言う聖女の着ている衣は巫女のものよりはゴージャスだが、それでも地味なデザイン。
「わたし、それだけはわからないのです。……神に似た姿の者が奇跡を上手く扱えるのなら、薄い衣もしくは一糸まとわぬ姿こそが奇跡に最も適しているはずでは?」
「そんな破廉恥な格好できるわけがないでしょう!?」
「神を『破廉恥だ』と批判しないのに、巫女や聖女をそう批判するのはおかしいではありませんか」
突如始まった言い合いに、さっきまで感動していた場は「はあ?」というムードになった。
これから対立派閥とも仲良くするのかあ……と、浮かない顔をしていた者までも「この大聖女様やばくね?」という反応。
よりやばい奴が現れたので、ちょっと気に食わないだけの仲間のことはどうでもよくなっている。
こっちが、俺の用意していた策。
「早いうちにそのあたりの検証もしてみたいのです。わたしが実証しただけでは手加減だと思われてしまうかもしれませんので、巫女に協力していただいて」
「あの、アヴィナ様。私はアヴィナ様を尊敬しておりますが、装いの好みだけは異質ですし、尊敬できないと思っております」
「ラニス。そう言わずどうか協力してください。なにも異性のいるところでとは言いませんので」
「嫌です! 私よりも聖女であるセレスティナ様のほうが適任ではありませんか!」
「巫女ラニス? どうしてわたくしに振るんですの! こんな薄い布の衣装、わたくしの美的感覚では認められませんわ!」
ああもう神聖な場がめちゃくちゃだよ。……まあ俺がけしかけたんだが。
おかげでほぼ完全に、大神官派と神官長派の対立から目を逸らすことに成功した。
両派閥の者たちは揃って「あの大聖女様、腕は確かだし金の件も感謝してるけど趣味は悪いよな」で心を一致させたのである。
論点が運営方針の是非や成り上がりへのやっかみから離れたとも言える。
『真面目にやる気はあるみたいだけど服装はおかしい」
共通の敵を持った時にこそ人は団結する者である。
俺が睨まれる分にはこれから頑張って理解してもらえばいいわけで。
肝心のえっちな服装が睨まれたのもまあなんとかなる……なるかな? なるといいなと思いつつ。