『大聖女』アヴィナ 1
決戦のための神殿訪問は前もって予定を知らせておいた。
神殿前に馬車が停まると『神官長』を含めた神官・巫女が出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました、アヴィナ様」
「神官長さま。お出迎えいただきありがとうございます」
中年の堅物男は恭しい態度で俺に一礼。
伴われている神官長派の面々は「なにが起こるんだ?」という面持ちながらもそれに倣った。
俺の服装がまともだからか、反感の表情も多少弱い。
今日は青のロングドレスにと顔を隠すヴェール。
手袋は黒レースで、同じく黒のソックスと布チョーカーでほぼ完全装備。
素性を知らなければどう見ても幼い貴族令嬢である。
俺の傍に控えるのは洒落っ気のある執事服を纏った老執事と、一人のメイド。
普段と異なる様子にざわつく聖職者たち。
御者に最寄りの停留所で待機を命じると、入れ替わるように新たな馬車が滑り込んでくる。
「ごきげんよう、アヴィナ様」
「ごきげんよう、セレスティナさま」
金のウェーブロングにオレンジの瞳、聖女セレスティナは赤の華やかなドレス姿だ。
二人並ぶとあつらえたように対照的で、感嘆の吐息まで聞こえてくる。
……ぶっちゃけ手紙で連絡を取り合って揃えたんだが。
「お待ちしておりました、セレスティナ様。大神官様は既にお待ちです」
「まあ。では、役者が揃いましたわね?」
神官長にセレスティナ、それに俺。
明らかに物々しい事態に神殿の面々は揃って「いったいなにが始まるんです?」という顔になった。
彼らの懸念は正しい。
これから行われる会議の結果次第では神殿の行方が大きく変わるのだから。
◇ ◇ ◇
会議のために用意された部屋には、使用人等の発言権のない者を除いて十名が集った。
先ほどの三名に大神官を加えた四名。
残りは大神官派が三名、神官長派が三名。
大神官派の末席には巫女ラニスの姿もある。
幹部会議だというのに飲み物が白湯なのが神殿らしい。
「本日集まってもらったのは皆に重大な提案をするためだ」
集った面々を相手にまず口を開いたのは神官長。
言い出しっぺの一人なのでその表情に迷いはない。
「提案とは……まさか!」
遂に大神官を引きずり下ろすのかと予測する部下には「いや」と答えて。
「そうではない。本日の議題はこちらのアヴィナ様についてだ」
視線が集まるのを認識しながら微笑む俺。
「彼女は類稀なる奇跡の力を持っている。先日、聖印も神像も持たず三人の命を救ったのは知っているだろう?」
ざわつく室内。
神官長が彼女を立てるような発言をするとは、的な呟きさえ聞こえた。
けれど、ひとまず誰も俺の力量については異を唱えない。
ここでセレスティナが口を挟み、
「アヴィナ様の奇跡の力は明らかにわたくしを上回っておりますわ」
聖女が力不足を認めたことでさらなるどよめき。
「彼女を擁立しないのは明らかな損失であるとわたくしは思います」
「しかし、アヴィナ様は神殿入りを拒否していらっしゃったのでは?」
神官長派が俺の立てる中、大神官が疑問を差しはさむという異例の事態。
実を言うとおじいちゃんには今回詳しいことはなにも伝えていない。
俺は彼に頷きを返して、
「仰る通りです。ですが、先日の一件でわたしも尽力すべきと考えを改めました」
「おお、それでは」
老人の瞳に歓喜の色が宿る。
再び神官長が主導権を手にし、一同に向かって宣言する。
「私は、アヴィナ様のために新たな役職の設立を提案する」
「新たな役職……!?」
「聖女ではないということですか……!?」
これには俺と仲のいいラニスでさえも驚きの表情を見せた。
「うむ。神官長とは神官を束ねる者。しかし、聖女は巫女を束ねる者ではない」
指示系統は神官長に一括で与えられている。
神官長不在や多忙時は大神官、次いでようやく聖女の順。
聖女は管理職ではなく、言わば切り札。
「ならば、聖女を束ねる役職があっても良かろう」
実力で選ばれる以上、実働要員なのは変わらないが。
聖女の上を作る宣言は聖女を増やし、神殿の力を高める宣言とも言えた。
大神官は「ふむ」と顎を撫でて。
「して、神官長。新たな役職の名は?」
「はい。──大聖女、とするのがよろしいかと」
大聖女。
なかなかにパンチが効いていると思う。
その名前が「大聖女」「大聖女か」と一同に広まっていき。
ラニスが恍惚とした笑顔を浮かべるのが見える。
同時に危機感を露わにする者もいて、
「ですが、それは彼女をセレスティナ様よりも上と認めることに!」
「あら、わたくしは構いませんわ」
抗議の声を、当のセレスティナが打ち消す。
「学園を卒業したら花嫁修業ですもの。聖女としての務めを十分果たせるかもわかりませんし」
「しかしそれでは、神官長様のやってきたことが潰えて──」
ここで、俺の出番か。
「わたしは、神官長さまの問題視する神殿の欠陥も早急に改善すべきと考えております」
「っ」
堂々と宣言したことにより、神官長派は止まらざるをえない。
「具体的には後進の育成により注力し、人材を増やしていくべきかと」
「アヴィナ様が仰るのであれば、考慮せざるをえませんな」
大神官のおじいちゃん、あっさりと俺の考えを肯定。
ならやってやれよ、と言いたいところだが、彼も彼で精いっぱいだったのだ。
「簡単に仰らないでください! そもそも人と資金はどこから確保するのですか!?」
「人ならばスラムにたくさん余っているではありませんか」
「───っ!」
俺自身がスラム生まれなのでこの言葉には説得力がある。
「スラムや貧民街の孤児たちに施しを行い、同時に神の教えを説きます」
「敬虔な信者となれば食べるものに困らない、そうなれば見習いの数は増えますわ」
施し自体は既に行っているため、規模の拡大を考慮しても新規事業よりは楽だ。
「孤児たちを食べさせるだけの食料なんて用意できないぞ」
「毎日三食用意する必要はありません。あそこでは一日一食も当たり前ですし」
市場からかっぱらったリンゴ一個が奪い合いになることもある。
「命をつなぐ最低限を与え、神殿に来ればもっと食べられると説くのも良いでしょう」
さらに俺は「加えて」と続ける。
「とある貴族家から神殿へ資金援助をお約束いただいております」
「貴族家? それはアーバーグ侯爵家ではなく……?」
俺は、答える代わりに首からペンダントを引っ張り出した。
表面には、一見すると燃え上がる炎のような紋章が描かれている。
よく見るとそれは鳥の形だ。
「不死の鳥……? まさか!」
「左様でございます。フェニリード家『公爵家』がアヴィナ様の名の下、神殿に毎月寄進を行います」
正確にはすでに寄進を行っているのでそれを増額する形だが。
執事とメイドがハンカチや飾り布で隠していた部分を晒すと、そこには同じ紋章が。
家紋は所属を表す大事なものであり、偽造や詐称は罪に問われる。
「わたしは先日、フェニリード公爵家と正式に養子縁組の契約を結びました」
「契約が成った時点で、書類上は公爵家のご令嬢。よってこの方はアヴィナ・フェニリード公爵令嬢様であらせられます」
「公爵令嬢……!」
おさらいだが、貴族家は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と位分けされている。
実際の財力や権力は家ごとに上下するものの──大雑把に言えば、フェニリード家はアーバーグ家より偉い。
「国王陛下の承認も済んでおります。さて、当家では後ろ盾として不足でしょうか?」
「……い、いえ」
公爵家の後ろ盾を得たことで「スラムの娘が」という感情論も断った。
権威を重んじる傾向の強い神官長派にこそ効果的だ。
反論がなくなったところで、俺は大神官を振り返って。
「いかがでしょう? この提案が承認されたとして、大神官さまはわたしのお願いを聞いてくださいますか?」
最後の関門。
俺だけでなく皆が固唾を飲んで見守る中、大神官は瞳をじわりと滲ませた。
皺だらけの唇がゆっくりと開き、穏やかな声を紡ぐ。
「もちろんでございます。……ああ、苦労をかけてきた神官長にも謝らねばなりませんな」
生真面目なおっちゃんはこれに「私の方こそ」と応じた。
「意地を張り、あなた様に心労をかけ続けてまいりました。深くお詫びいたします」
神殿を統べる二人の男たちがわだかまりを解き、立ち上がって握手をする光景。
歴史に残る瞬間と言えるかもしれない。
ここまで来れば、場の空気は固まったも同然だ。
ラニスはもちろん他の大神官派も、神官長派の面々も誰も反対しない。
──本当は、みんなわかっていたのだ。
お互いの意見を尊重しあい、両方を取り入れられれば一番いいと。
聖職者は程度の差こそあれお人良しばかり。
敬虔な信者ほど誰かを救いたい、人死にを減らしたいと思っている。
方法論に差があるばかりに対立していただけのこと。
しかし、解決には保守派と改革派両方を肯定できるトップが必要。
かつ、財政的な担保もなければならなかった。
内部から生み出せないなら外から持ってくるしかない。
幸い、そこに俺が来た。
「では、アヴィナ様を新たな役職『大聖女』とすることをここに決定する」
宣言が行われると、室内に割れんばかりの拍手が響いた。
「ありがとうございます、アヴィナ様」
「どうか神殿をお救いください」
みんないい顔をしている。
少なくともここにいる幹部には納得してもらうことができた。
神殿は生まれ変わる第一歩を踏み出した。
まずは成功。
後は、下々の者にまでそれが行き渡るかどうか。
良くも悪くも内情を知っている上層部と違って下っ端は感情論も強い。
果たして、そちらのための策は上手くいくかどうか。