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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -12-

「もっと早いうちに教えてくださっても良いですのに」

「できるわけがありませんわ。どこで誰に聞かれるかわかりませんもの」


 俺のちょっとした愚痴にセレスティナは首を振って答えた。

 彼女の場合は神殿内だけでなく、貴族としての対立派閥に利用される恐れもある。

 逆に俺が見つめられて、


「むしろ、もっと早く気づいてくだされば」

「普通、嫌味だと受け取ると思います」


 むむむ、とにらみ合った俺たちは同時に吹き出した。


「……告白したらすっきりしましたわ。あなたのおかげですわね」

「聖女の役目、相当重荷になっていらっしゃったのですね?」

「だって、責任が重すぎますもの」


 ため息と共に首から引っ張り出されたのは聖印だ。

 少し前に神官長に見せられたのとほぼ同じデザイン──竜貨100枚の特別製。


「わたくしが聖女になるとみんなが喜んでくれましたわ」

「神官長なら大々的に褒めたたえたでしょうね」

「ええ。癒やしの力が役に立つにも嬉しかった。けれど」


 十字架を持つ手にぎゅっと力が籠められる。

 神の石でできたそれはもちろんびくともしない。


「聖女にと与えられた品ですけれど、できるなら今すぐ差し上げたいくらい」

「盗んだと疑われますのでどうかご勘弁を」

「では、神官長派を打倒してくださいませんこと? そうすれば重圧も半減しますし」

「セレスティナさまが協力してくだされば百人力ですけれど……」


 自派閥の解体を象徴が望むんじゃない。


「神官長様の言い分もわかるのです。一方的に否定するのはどうかと」

「アヴィナ様は大神官派ですわよね?」

「結果的に人が救われないのなら一方に肩入れはできません」


 ほう、と、少女のため息が風の結界内に広がって。


「大神官様も神官長様もお互いに譲歩してくださればいいのに」

「立場のある方ほど簡単には意見を変えられないのです」


 女のプライドは「曲げてでも勝ちたい」だが、男のプライドは「勝てなくても曲がらない」だ。

 歳を取ればなおのこと意固地になりやすい。

 新しいことをするのは若い人間の役目だろう。


「問題はまだあります。上が納得しても下がそうとは限りません」

「……仰る通りですわね。いがみあっていた分、和解は難しいでしょう」


 経験があるのか、セレスティナも深く頷いてくれた。

 禍根を残さず終わるためには。

 ある程度、どちらの言い分も受け入れられるようにしないといけない。


「道筋はわたしなりに考えてあります。聞いていただけますか、セレスティナさま?」

「ええ、もちろん。ぜひ協力させてくださいませ」


 俺たちは立ち上がり、笑顔で握手を交わした。

 仲良くして欲しいと伝えると「もともとそのつもりですわ」と言われた。




    ◇    ◇    ◇




「そう。……わかったわ、惜しいけれど仕方ないわね」


 『瑠璃宮』に帰りつく頃には時刻は深夜に近づいていた。


 と言ってもこの店の夜は長い。

 お休みでない娼婦はまだ全員が接客中で。

 最後の客が馬車で去ったのは朝になった後のこと。


 話があると言うと、眠いだろうにみんな集まってくれた。


「短い間だったわね。たったの三年程度だなんて」

「娼婦としては十分でしょう? ここが特殊なだけよ」


 ロザリーの呟きに、ヴィオレが答える。

 娼館というのは特殊な場所だ。

 幼い頃からそこで育って、盛りを過ぎるまで過ごす者もいる。

 一方、目的を果たせばすぐに出ていく者もいる。


「いいじゃない。行くあてのない私たちとは違うんだもの」

「大事にしてくれる人がいるならそれに越したことはないわ」

「ありがとうございます、お姉さま方」


 一人一人の温かな気持ちに笑顔を返して、


「でも、お姉さま方だって、その気になれば身請けしていただけますでしょう?」

「それはそれ、これはこれよ」

「外から来てここに落ち着いたんだからいいの。あなたは一回経験してきなさい」

「それじゃあ出戻って来いって言ってるみたいじゃない?」

「いいわね、それ。アヴィナ、いつでも帰っていらっしゃい」

「ありがとうございます、お姉さま方。遊びに来た時は無料でお話してくださいますか?」

「もちろん。離れたってあなたは私たちの妹なんだから」


 ああ、本当に、俺はいい姉たちに恵まれた。


 ひとりでに溢れてきた涙はなかなか止まってくれなくて。

 もらい泣きする姉が何人も現れたせいで、室内には泣く声が響いた。

 今生の別れでもないっていうのに。

 それだけ、ここでの生活が楽しくて幸せだったのだ。

 けれど。


「無理して他人の事情まで背負わなくてもいいでしょうに」


 引き留めるように言ってくる姉には「いいえ」と微笑む。


「もう決めたことですから。……わたしは、この『瑠璃宮』を出ていきます」




    ◇    ◇    ◇




 出ていくと言っても今すぐという話ではない。


 確定できるのは少し先になるので、それまでは身内以外には内緒。

 離れる前日までは『瑠璃宮』の娼姫として精いっぱい男を惑わすことにした。


「はあ……っ、アヴィナ様。ああ、アヴィナ様。今日もお美しい」

「ふふっ、ありがとうございます」


 胸はAカップに到達し、キャミソールのような肌着だけでなくブラも似合うように。

 女の魅力を増してきたのと対照的に、店でもヴェールを使うことが増えた。


 ──見せるのもいいが、敢えて見せないのもえっちにつながる。


 姫と呼ばれるここの娼婦たちはある種の特権階級で。

 金をもらって男を袖にできる場所柄、客には女に傅きたい男も多い。

 彼らはヴェールに隠れた顔を、ドレスに隠れた肢体を想像するだけで恍惚とする。


 美しいものがすぐ傍にある、というだけでたまらなくなるのだ。


 そういう客にはたいてい「お預け」が効果を発揮する。

 大枚はたいて通っているのに触れさせてくれない。顔を見せてくれない。微笑んでくれない。

 どこまで許してどこまでお預けするかは見極めとテクニック次第。

 少しずつ、飴と鞭のごとく緩めていくのが娼姫のやり方。


「アヴィナ様。どうか、おみ足を舐めさせていただけないでしょうか?」

「うーん……。そうですね、靴に口づけするくらいでしたら構いません」

「本当ですか……っ!?」


 椅子に座ったまま右足を差し出した俺の前に跪いて見上げてくる成人男性。

 恭しく靴を支えて唇を寄せる姿を見ていると、正直、ぞくぞくする。

 もちろん直接接触はいっさいないので健全も健全。

 お仕事だということを忘れてやりすぎてしまうのもだめだが。





「今宵の衣装はいかがでしょうか、旦那さま……?」

「あ、ああ。わざわざ着替えてくれたのが嬉しいな。君を買った私だけの特権なのだから」

「ええ。今夜のわたしを見られるのはあなたさまだけでございます」


 受け性癖が弱めの紳士にはじわじわ煽って成長を促してやることもある。

 神殿向けに作った極薄ドレスがここでも役に立つ。

 簡単に透けてしまう薄布の下に、特注したビキニブラ(黒)を合わせてやると視線のちらちらが止まらなくなった。

 ちなみに許可なくお手付きしたら出禁。

 むずむずしようと生殺与奪の権限はこっちにある。


 幼いという大義名分のある俺は無茶な要求もされづらい。

 小さなテーブル越しにお酌をしたり、意味ありげに足を組み替えてみたり、たまーにじっと見つめてみたり。

 ほらほら可愛いだろー? えっちだろー? とやってやると、興味本位で指名しただけで本命は別にいるのにドはまりしてしまう客もたまにいたりする。

 そういう客はむずむずしまくった末にダブル指名してくれることもあって。


「では、今宵はこのヴィオレと──」

「アヴィナの二人でお相手させていただきます、旦那さま?」


 そういう時は俺も姉の方針に合わせて制限を緩くする。

 歳も体型も異なる美姫二人で客を挟んであーんしたり、耳元で囁いたり、姉のテクニックを「すごいすごい」と見学してやると、性癖も理性もあっさりと崩れ去ってしまう。


「また来るよ。……また二人を指名してもいいだろうか?」


 夢のような一夜を過ごした後、男はだいたいふらふらで夢心地だ。

 対照的につやつやしている女たちは笑顔でそれを見送って。


「ええ、もちろんですわ。またのお越しをお待ちしております」

「ですが、旦那さま? あまりご無理はなさらないでくださいね?」


 破産されると指名を受けられなくなるので表向きは釘を刺すものの。

 指名しないと会えない、と逆に意識させられてへそくりを取り出してしまう男もわりといる。

 なお、指名が殺到すればするほど娼姫の値段は跳ね上がる。

 自分以外が予約している時は当然、娼姫は他の男と会っているわけで。

 少しでも独り占めしようと高頻度で予約すれば、それがさらなる価格高騰を招く。


 なんというか、ちょっと悪魔のようなシステムである。


 まあ、合意の上で料金請求しているだけだし、たまにある悪徳店のように酒や料理の値段を異様に高くしたりはしていない。

 そういう意味では『瑠璃宮』はとびきりの優良店なのだが。


 娼姫の側にとっても夢のようなこの店にいられるのもあと少し。

 俺は、姉たちとの時間を惜しむように日々の仕事に勤めた。

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