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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -11-

 神殿もさすがに夜には眠りにつく。

 夜間診療のごとく、深夜に門を叩いても対応してくれる者はいるものの──それは24時間営業しているということにはならない。

 話している間に業務ならぬお勤め終了時間を迎えたため、神官長は控えていた神官たちに「もう下がれ」と命じた。


「よろしいのですか?」


 遠慮がちに俺の存在を示唆する彼らに「構わない」と答える表情からは意図が読み取れない。


「できれば君も遠慮して欲しいのだが」

「……仕方ないわね。言っておくけれど、その子になにかあったらただじゃおかないわ」


 神官たちに続いてヴィオレも退室していき、残されたのは俺たち二人だけに。

 立ち上がった中年男は戸棚に歩み寄って、


「飲むかね?」

「お戯れを」

「酒もまた自然の法則で生み出されたもの。神は禁止してはいないのだがな」


 いや、さすがにこの歳で酒は身体に悪いっての。

 蒸留酒を杯に注いだ神官長はそれをちびちび舐めつつ──俺の周りにいる大人は飲兵衛率高いな?


「今回の騒ぎ、まさかあなたの差し金ではあるまい」

「もちろん違います。それに、どうやってもあの状況は狙って作れません」

「そうだろうな。運が良いと言うべきか、悪いと言うべきか」


 騎士たちの治療に参加した俺はかなり目立った。

 一人だけ違う格好をしているうえに三人も治療したせいだ。

 疲れたのは悪運、名が売れたのは幸運。


 一人、酒を煽った神官長はため息と共にこぼした。


「私は、とある女性に憧れて神殿入りを志した」

「女性、ですか?」

「当時神殿に勤めていた巫女だ。赤毛のさっぱりとした女性だった」


 少年時代の彼の初恋の人、だろうか。


「彼女はそばかすの持ち主で、お世辞にも神に似てはいなかった。だが敬虔な信仰を備えていた」

「素敵な方だったのですね」

「ああ。誰よりも、私は彼女を尊敬していた」


 ことん、と、杯がテーブルに置かれて。


「彼女は口癖のように言っていた。『髪の色や目の色が違ったって、神様の教えは変わらない』と」

「その通りだと思います」

「私はがむしゃらに努力してきた。奇跡の力では神官は巫女に勝てないが、事務的な仕事なら役に立てる。……そうしているうちに、気づいたら偉くなっていた」


 歳を取るとふとした瞬間に自分語りをしたくなるものだ。

 話し相手はえてして年下。

 後輩だったり、あるいは、あと腐れの起こりづらい子供だったり。

 おっさんの過去とかどうでもいいわ、と言うのは簡単だが、そんな気は起こらなかった。


「彼女の志を継ぎたかった。そのためには神殿をより良くすることが必要だった」

「だから、改革を実行に移したのですね?」

「金が足りなかった。余裕のなさは食事に、設備の状態に、人員の顔色に表れる。熱意のある者たちの過度な奉仕に支えられた状態は健全とは言えない」

「わかります」


 彼にしてみれば「子供が何を」という話だろうが、前世の俺は普通の一般人だ。

 上司の横暴に苛立ったこともある。


「取りっぱぐれていた寄進を可能な限り厳格化した。出費の無駄を抑えた。人員配置を見直して最低限の人数で運営を行えるようにした」


 中小企業ではよくある業務改善案。


「おかげで経営は上向いた。私は、精一杯やったつもりだ。……だというのに、気持ちばかりで実利を見ない大神官様の支持者はいっこうに減らなかった」


 真面目できっちりした人間というのは厳しくて融通が利かないように見えたりする。

 ちゃらんぽらんでアバウトな人間のほうが一見、温厚で付き合いやすい。

 数字よりも人を見てくれる上司もまた必要だ。


「このままでは中途半端で終わってしまう。経営は安定してきたが、人員不足は解消しきれていないのだ。実権を私が握らなければ理想は果たせない」


 神官長は「だというのに」と杯をあおり、


「せっかく擁立した聖女に、どこからともなく対抗馬が現れた。しかもあろうことか大神官を支持するじゃないか」


 ほんとすみません。


「私が間違っていたのか? 私が悪だというのか? そんな理不尽な話があるか? 私は……私は、一生懸命やってきたつもりだ」

「……神官長さまが一方的に間違っている、というお話ではないとわたしも思います」


 完全に酔っぱらって、言わなくてもいいことまで言っている神官長のおっちゃん。

 回り込んで酒瓶を取り上げつつ、俺は語り掛けた。

 飲んだくれの中年の相手をするのは職業柄、歳のわりに慣れている。


「ですが、大神官さまにも大神官さまの言い分があるはず。完璧な人間はいませんし、一人でできることには限界があるのです」

「わかっている。だが、今更止まることなど……」


 そのまま寝入りはじめたおっちゃんをしばし見つめてから、俺は「この方が安らかに眠れますように」と神にお願いした。

 ぽわ、と、光が生まれて吸い込まれていったのでたぶん大丈夫だろう。


 ──しかし、本当にままならないな。


 世の中、そういうものだとは思いつつもやるせない。

 自分にできることならどうにかしたいと思ってしまう。


 外で待機していた神官に「ベッドへ寝かせて差し上げてください」とお願いして。

 ヴィオレと合流しようと思ったら、姉は思わぬ人物と一緒にいた。


「あら。やっとお話が終わりましたのね、アヴィナ様? すみませんけれど、我が家まで付き合っていただけます?」


 なんというか大人気だな、俺?




    ◇    ◇    ◇




 アーバーグ侯爵家まで移動したら今日は絶対仕事に間に合わない。

 ヴィオレは応接間に通されて酒を飲み始め、俺はセレスティナの私室に通された。


 ──高位貴族の令嬢の部屋というのは初めてだが。


「可愛らしいお部屋ですね」

「もう、それは褒めておりませんでしょう? 失礼ですわ、アヴィナ様」


 素直な感想をこぼしたら聖女様はぷくっと頬を膨らませた。

 可愛らしい、というのは規模の話ではなく、年相応の女の子らしいという意味なのだが。

 部屋自体は屋敷のテーマに沿ったシックな空間なのだが、要所にレースなどがあしらわれて雰囲気を和らげている。

 服が好きというのは本当のようで、机の上には衣装のスケッチらしきものが置かれていた。


「褒めております。セレスティナさまもごく普通の女の子なのですね」

「……どうしてそんな当たり前のことを言うんですの」


 不思議そうにしつつも、彼女はどこか嬉しそうで。


「お腹は空いておりませんこと、アヴィナ様?」

「はい。……正直なところ、ぺこぺこです」

「でしたら、なにか軽いものを作らせますわね。わたくしもお腹が空いておりますの」


 サンドイッチやスープが紅茶と共に運ばれると、聖女はメイドも下がらせた。


 テーブルの中央にこつんと小さな魔導具が置かれて。

 はめ込まれた宝石を一定の軌跡でなぞると、周囲の音が届かなくなる。

 消音の魔導具。

 似たようなものは『瑠璃宮』にもある。


「こちらに来ていただいたのは、大事な話をするためですわ」


 神妙な顔で、ポタージュのスープを見つめた彼女は思い切ったように、


「わたくし、その、奇跡は得意ではありませんの!」

「そのようですね」


 令嬢は、目を見開いてこっちを見た。


「ですが、とても見事な処置でした。魔法と奇跡の使い分けなど誰にでもできることはありません」

「……どうして、褒めてくださいますの?」


 震える声には感情が籠もっていた。


 それは、あらかじめ知っていたせいもある。

 魔法には道具や陣を用いることが多いので見た目でわかりやすい。

 女主人の情報、ヴィオレの知識、俺の経験を合わせると「聖女は以前から魔法で治療をしていた」と推測が立った。

 騎士たちを癒やした一件でそれが確定。


 聖女、という肩書きからすると拍子抜けする者もいるだろうが、


「奇跡でも魔法でも人助けには違いありません。あなたは立派な聖女ではありませんか」

「アヴィナ様……っ」


 涙ぐむセレスティナ。だが、俺は彼女がすごいと思う。


 治癒魔法は患部に合わせて術式の微調整が要る。

 消毒も別途必要だが、セレスティナは奇跡で補った。

 応急処置と雑菌の除去を飛ばすことで魔力を節約、術式を簡略化。

 俺にもヴィオレにもこれはできない。


「以前から奇跡は苦手でいらしたのですか?」

「いいえ。……昔は得意なほうだったのです。ですが、歳を経るほどに苦手になってしまって」


 無垢な頃は純粋に祈れたからかもしれない。


「向いていないのですわ。けれど、任命されてしまった以上簡単には辞められません」


 ──思い返してみると、セレスティナは初対面からこんなふうに言っていた。


『もう行ってしまわれるのですか? お話をしたかったのに残念ですわ』

『どうかまた神殿へお越しくださいませ。その方がみなさまも喜びます』


 侯爵家に前回訪問した時でさえも、


『わたくしの奇跡は大したものではありませんわ。せいぜい小さな怪我を癒やす程度ですの』

『ああもう、聖女の位なんて投げ出してしまいたいくらい』


 言葉の裏を読むのが貴族社会では当然だが、もしこれらが「言葉通りの意味」だったら?


 そう、セレスティナ・アーバーグは最初から本心しか口にしていなかったのだ!

 それが人目には自信家の嫌味に見えていただけ。


 奇跡が苦手なのではないか? と推測した時点で立てていた仮説。

 こちらも本人の口から証明された。


「今回の件で痛感しましたわ。わたくしは聖女としては力不足です! 血を見ただけで動転してしまって、手が震えてしまいましたもの!」


 ぽろぽろとこぼれる涙。

 悲痛な声にも、嘘が混じっているとは思えない。

 顔を上げたセレスティナはオレンジ色の瞳で俺を見つめて、


「ねえ、アヴィナ様? どうにかうまく収めることはできないかしら?」

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