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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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中級娼館の拾い子

 娼館に売られたおかげで飢えなくなった俺だが、もちろん苦労もあった。


 夜の仕事なので生活リズムが逆転している。

 昼間に騒ぐと娼婦のお姉様方にめちゃくちゃ怒られるし、仕事中に騒ぐとおかみさんにまで怒られる。

 泣けば痕が残らない程度にぶたれる。

 香水や香、たばこのにおいがきついし、将来に向けて言葉や作法も叩き込まれる。


 幼児にはかなりハード。


 世話を任された従業員──下働きや用心棒にしても小さな子供なんて面倒臭いだけ。

 おかみさんを恐れて暴力は振るわれなかったものの、からかわれたり文句を言われたり食事が遅れたりといった嫌がらせはよくあった。

 一方で娼婦のお姉様方は意外と優しく、


「ね、こっちにいらっしゃい。飴をあげるから」

「本当に綺麗な肌ね。羨ましいわ」


 膝に乗せたり隣に座らせたりして可愛がってくれた。


 避妊や堕胎の影響で子供を産めなくなる者も多い。

 幼すぎるので競争相手にならず、世話は従業員に任せなので手間もかからない。

 田舎の祖父母に猫かわいがりされるようなものだ。

 まあ、お姉様方こそ「子供にはきついにおい」の原因なんだが。


 娼館のおかげで、俺はどうにか無事に成長した。


 正確な歳はわからないが、娼館に来てから三年程度──五歳か六歳には知能もだいぶ発達して、前世の記憶をかなり引き出せるように。

 しつこく教えられた言葉もだいぶわかるようになった。

 大人しくしていれば怒られたりぶたれたりもしない。


「悪くないんじゃないかしら。娼館生活」


 少なくとも路上生活よりはずっと安定している。


 それに、ここだとえっちな衣装の女の子や女性が見られる!


 娼婦は金をもらって男の相手をする仕事。

 男を喜ばせるために薄手のドレスや露出の多い衣装、下着が仕事着になる。

 しかもかなりの美人ぞろいなのだから、えっちだ。えっちに決まっている。

 まあ、将来男の相手をさせられるのはアレだが。


 異世界でえっちな衣装を広めるにあたって「自分が着る」のは大前提。

 だからこそ美少女に転生したわけで、そういう意味では娼婦、大いにアリだ。


「ああ、早く大きくなって、いやらしい衣装で街を練り歩きたいわ……!」


 お姉様方によると、街ではしたない格好をすると眉をひそめられるらしい。

 ただし、娼婦ならある程度見過ごされる。

 最初からえっち衣装満載の成人向けファンタジーではなかったようだが、まあそれはいい。

 これから俺が広めていけばいいわけで。

 早く来い、俺のえっちな衣装ライフ!


 ……と思っていたら、人生そんなにうまくいかなかった。


「ねえ、あんた。最近生意気なのよ」

「可愛いからっていい気になりすぎなんじゃないの?」


 どうやら、可愛くなるのにポイントを振りすぎたらしい。

 あれだけ優しかった娼婦のお姉様方が、まだ小学生一年生くらいの俺を「敵」として攻撃し始めたのだ。




    ◇    ◇    ◇




「せめてお客様の前に顔出すのは止めて」

「そうよ。私たちの仕事奪う気なの?」


 成長して物分かりのよくなった俺はおかみさんから頼まれごとをするようになった。

 と言っても、伝言をお姉さま方に伝える程度の簡単なものだ。

 正確に覚えて伝える役目をしっかり果たせていたと思う。


 ──問題は、仕事が夜の業務時間中にも発生したこと。


 客前に出てもいいように着飾らされた俺がちょっとした伝言をしに行くと、高確率で客が相好を崩すことだった。


「可愛い子だな。歳はいくつになるんだ?」

「六歳です、旦那さま」

「しっかりしているな。なあ、この子と一緒に呑みたいんだが」

「お戯れを、旦那さま。子供には遅い時間でございます」


 ロリコンが、とは言わないでやってほしい。

 彼らもエロいことは考えていない。いや、一部にはそうだったかもしれないが。

 例えば居酒屋。

 酒で気持ちよくなっている時に従業員の子供がとことこ寄ってきたので「可愛いなあ」なるような感じだ。


 俺の拾われた娼館は中堅どころで、庶民でも頑張ればたまーに通える。

 これだけの楽しみの肉体労働者なんかもいるのでなおさらそういう空気があった。


 ただ、小さな子供は下手するとエロい女より人気がある。


 可愛いにも二種類ある、というやつだ。

 特に俺は見た目も良い。

 さらさらの銀髪に、ぱっちりとして澄みきった青目。

 肌は日に焼けたことがないかのように白く、すべすべで、指は驚くほど細い。

 将来美人に育つのは確実で。


 可愛いだけの幼児にプロが負けたら? もちろん、いい気分のわけがない。


「ねえ、聞いているの?」


 理不尽だとわかっていても、流すのはプライドが許さない。

 娼婦たちだっても稼がないと食っていけない。

 お姉さま方も必死で。


「ですが、お姉様。わたしはおかみさんの命令でやっただけです」

「そういう問題じゃないでしょう!」

「言われたことをやるだけで世の中を渡っていけると思っているの!?」


 だから、正当性を主張しても怒りは余計に強くなるだけだった。

 

 女の嫉妬は怖い。

 男と違って分かりやすい勝敗がつきづらいからだ。

 殴られたら負ける状況でも噂を流したり嫌がらせをしたりで勝ててしまう。

 だから、有利な時も勝ち負けをはっきりさせないといけない。


「申し訳ありませんでした。わたしが間違っておりました、お姉様」


 弱い俺にできるのは「どうか許してください」と平伏することだけだった。


 悔しかった。

 前世の記憶があると言っても、今世の俺は幼い女の子だ。

 我慢できる範囲はそう広くない。

 騒ぐと怒られるので、俺は毛布を噛みしめながら声を殺して泣いた。




    ◇    ◇    ◇




「わかればいいのよ」

「次から気を付けなさい」


 お姉さま方はひとまず留飲を下げてくれたが、根本的な解決にはならない。

 仕事を言いつけられれば俺はまた客前に出ざるをえない。


「おかみさん。お姉さま方から怒られるので、客前に出るのは控えられないでしょうか」


 直談判しても案の定、おかみさんにはおかみさんの理屈があって。


「無理だね。あの子たちよりあんたの方が客を呼べるなら、ウチとしてはそれでいんだ」


 娼館はプロだが、おかみさんは経営者だ。

 従業員とは視点が違う。稼げるなら幼児でも娼婦でも構わない。

 女たちが客を「私の男」扱いして増長するならなおさらだ。

 しかし、


「そんなこと子供のわたしに言われても」

「本当になにもわからないガキはそんなこと言わないだろう?」


 見透かされている。

 経験豊富で視野も広いおかみさんの意見には理があるが、


「わたしに、お姉様方全員に釣り合うだけの価値はありません」

「確かにそうさね。今は、まだ」


 人は万能じゃない。

 間違うこともある。見誤ることもある。

 俺の見解や判断が100%正しいなどとももちろん言えない。

 先を見据えたうえで「その方が儲かる」と思っているおかみさんを説得するのは至難の業だ。


 このまま仕事を振られればお姉さま方がヒートアップする。

 やりすぎない程度におかみさんも止めてくれるだろうが、それでなんとかなる保証はない。


 ならば、どうするか?


 客が帰った後まで伝言を待つようにしたり。

 接客部屋にある控えのスペースで姉だけに気づいてもらう努力をしたりしてなんとかやり過ごしつつ──俺は結論を出した。


 ここにはもう、いないほうがいい。


「お願いします。わたしを、どこか別のところに売ってください」


 そして再び、おかみさんに直談判する。

 おかみさんは「面白いことを言う」という顔半分、もう半分は「面倒なことを」という顔になった。


「どこかって、例えば?」


 俺は人買いからこの娼館に売り込まれた立場だ。

 買い値+三年程度育てるのにかかった費用を回収できなければ赤字になってしまう。

 娼婦たちの反感を抑え、将来的な破綻を避けられるのならば多少の赤は見逃せるにせよ、ある程度の収支は確保できないと彼女は動かせない。

 ならば、


「もっと高級な娼館。そうじゃなかったら……どこか、貴族の家に」

「あら、貴族に? どうして?」


 ここはどうやら、ある程度オーソドックスなファンタジー世界だ。

 ここは王国で、貴族がいる。

 この娼館は中堅といったところなので貴族の客はそこまで多くないものの、おかみさんにもある程度の付き合いはある。


「わたしの歳なら養子として価値があると思います。……少なくとも見た目は、貴族の家でも浮いたりしないはず」


 俺の物言いに、おかみさんは「本当に面白い」という顔をして。


「あんたは、もしかするとウチなんかじゃ扱いきれない大物なのかもね。いいわ、客にあんたを買う気がないか聞いてあげる」

「ありがとうございます」


 それから。


 俺を買いたい、という要望がおかみさんに受理されるまでにかかった期間は、およそ二か月だった。

 売却の打診が始まってからはお姉さま方の怒りも収まり、俺は比較的心穏やかに日々を過ごした。

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