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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
19/83

神の現身? アヴィナ -10-

 幸い、神殿から東門までは比較的近い。

 選抜された巫女十名弱+俺は馬に乗る騎士に先導を受けて道を急いだ。


 騎士の号令のおかげでみんなが道を開けてくれる。

 外出の少なかった俺は初めて見る光景だが、慣れる程度にはよくあるのか。


「こっちだ!」


 負傷者が集められていたのは門のすぐ外。

 三十名ほどの騎士・兵士が座り、あるいは寝かされて苦しげに呻いていた。

 馬車や馬は手持無沙汰の状態。

 随伴していた聖職者三名はもうふらふらで、


「良かった……! 重体の方を優先に治療と浄化を!」


 彼らが傷の悪化を防ぎ、皆をここまで連れてきてくれたのだ。

 相当な負担にもかかわらず必死に務めてくれたのだろう。

 後は元気な俺たちの出番だ。


 巫女たちの中でもひときわ目を惹く美女──ラニスが俺を振り返って、


「アヴィナ様は治療をお願いいたします。瘴気の浄化は慣れが必要ですので」

「わかりました」


 要救助者の状態は大きく「負傷」と「瘴気汚染」。

 重篤なものだとどちらも命に関わってくる。

 重傷者の元へ駆け寄った俺は跪きながら、傷の重さに顔をしかめた。


 ──質の悪い刃物で斬られたような傷。


 腹部に左肩、右腕。他にも複数個所に切り傷や擦り傷。

 包帯は巻かれているものの、血が滲んで赤黒くなっていた。


「ゾンビとスケルトンです。数が多いせいで対処しきれず、不覚を取りました」


 目立った怪我のない兵士がそう教えてくれる。

 アンデッドモンスターはゲームによっては雑魚だが、この世界では十分な強敵。

 生半可な傷では動きを止めないうえに不衛生を招き、犠牲者を増やす。


 早く治療を。

 焦る気持ちを抑えながら、彼の傷が癒えるようにと神に願う。

 来る前に、安物でもいいから聖印を借りてくるんだった。

 後悔しつつも今はとにかく、


「すごい……! 傷がみるみるうちに癒えていく!」


 全力疾走した後のような疲労と引き換えに光が傷を埋めていく。

 負傷者の表情はどんどん良くなり、安堵の色と共に寝息が聞こえてきた。

 自然治癒に比べたら圧倒的な速度とはいえ、完治には四半刻──三十分近くがかかり。

 ほっとした俺は吹き出した汗を袖で拭った。


「ありがとうございます! しかし、あなたはいったい……」

「話は後で。次に傷の重い方はどなたですか?」

「は、はい!」


 二人目の治療を終える頃には、急を要する負傷者は治療済みか治療中になっていた。

 危機的状況は脱したか。

 それにしても暑い。緊張状態が発汗を促しているのか。

 暑いうえに邪魔なだけのヴェールを俺はさっと取り払った。


「協力、感謝する。魔法使いの治癒術は制約が大きくてな」


 そこに声をかけてきたのはローブ姿の男。

 宮廷魔術師か、と思いつつその言葉に納得した。

 魔法使いでも治癒はできるものの、別途消毒がいるうえ手間も効率も悪い。


 俺は「当然のことをしているまでです」と微笑んだ。

 彼が見惚れるようにこっちを凝視してくるが──緊急事態なんだからそういうのはいいんだよ後で。

 と。


「応援に参りましたわ! わたくしは誰を治療すればよろしいかしら!?」

「セレスティナ様!」


 一頭の馬が門を飛び出して止まり、騎手にしがみついていた少女が声を上げた。

 馬を降りた聖女は「アヴィナ様まで!」と驚きつつ駆け寄ってきて、


「どうしてこちらに? 神殿からの要請があったのでしょうか?」

「話は後にいたしましょう。セレスティナ様、瘴気の浄化は可能ですか?」


 見たところ向こうはかなり手こずっている。

 加勢したほうがいいと思うのだが、


「瘴気汚染は聖職者でないと除去できないからな。聖女殿の協力があれば──」

「わ、わたくし、そちらは専門外ですわ」


 魔術師の言葉を、青い顔をしたセレスティナが途中で封じた。


「わかりました。では、怪我の治療をお願いいたします。わたしは浄化のお手伝いを」

「わ、わかりましたわ!」


 瘴気汚染は対象の臓器を病ませたり、傷を悪化させたり、心を負に染める。

 浄化するには奇跡の力で相殺してやるか、耐えに耐えて自然治癒に任せるしかない。

 俺が治療に回されたのは未経験だからなのだろうが──。


 要するに、部屋や空気を綺麗にするのと似たようなものだろ?

 神に祈れば使えるのがアドバンテージなのに、やったことないからとやらないのは怠慢だ。

 処置の始まっていない一人に駆け寄って膝をつき、


「お、おい! 君はまだ働く気か!?」

「余力が残っているのですから当然ではありませんか」


 手を握って「大丈夫ですよ」と声をかける。

 彼の身体には黒いもやのようなものが取り付いていた。


 わかりやすくていいなこれ。


「神よ、この者の苦しみをどうか和らげてくださいませ」


 気持ちを入れたら自然と言葉が口をついて出た。

 3000m走った後のように疲れた身体にさらなる疲れがのしかかり。

 ふらつきそうになるのを堪えるうちに、苦しそうな表情が和らいでいく。

 もやがすべて消え去ると、ほっとしたせいか視界がホワイトアウトしかけた。

 慌てて地面に片手をついて身体を支える。


「あと、一人くらいなら」


 症状の重くない者には自分で神殿まで歩いてもらうにしても、もう少し。

 十人くらいで駆けつけたんだから本当は全員癒やすくらいでないといけないはず。

 そう思うのに身体は思うように動かず。


「それくらいにしておけ。知らないのかもしれないが、重傷も瘴気汚染も、巫女一人で一人を救えれば十分な成果だ」

「え? それでは、人数が足りないではありませんか」

「嫌味か? というか君は誰なんだ。巫女ではなさそうだし、聖女でもないのだろう?」


 話せば長くなるのだが──。


「悪いわね、それはうちの末妹よ」


 おや? こんなところに響くとは思っていなかった声がした。

 紫の髪の娼姫──ヴィオレが、呆れ顔でこっちに歩いてくる。

 お付きの見習いになにやら箱を運ばせていた彼女は、中身をひとつ取り上げて、俺の口に突っ込んだ。


「~~~っ!?」

「安心しなさい、疲労回復用のポーションよ」


 いや、今の、性別によっては訴えていいやつだからな?

 まあ、突っ込まれた瓶の中身は味こそ苦かったものの確かに効いた。

 飲んですぐに身体が軽くなるのだから前世のエナドリよりよっぽど優れものだ。


「ありがとうございます、ヴィオレ姉さま。これならもう少し頑張れそうで──」

「馬鹿言わないの。それはやりきった人間を休ませるためのものよ。……ああ、眠くなる作用でも入れておくんだったかしら」

「そんなことしたら仕事に差し支えるではありませんか」

「だから、休むための薬だって言ってるでしょう」


 眠くなる成分は入っておりません、は風邪薬のセールスポイントになるんだぞ。


「はあ。まったくもう。……ほら、そこの役立たず。効能は見ればわかるでしょう? 箱の中身を配ってきなさい」


 箱を渡された宮廷魔術師?は「驚いたな」と姉を見上げて、


「雷鳴の魔女殿がこんなところに現れるとは。……そうか、これがかの『白銀の幼姫』か」


 ちょっと待て、なんだその称号っぽいもの×2は。

 問いただしたいのはやまやまだったものの、彼が立ち上がってしまったので諦めた。

 代わりにヴィオレから頬をつねられる。

 いたい。


「姉さま、わたし、人助けをしていたのですが」

「わかってるわ。だからこうして応援に来たんじゃない」


 あれか、騒ぎを知った馬車の御者が一度『瑠璃宮』に戻って報告したのか。

 で、ヴィオレがポーション抱えて来てくれたわけだ。

 なんだかんだ言いつつ優しい姉は「それにしても」とため息をついて。


「運が良いのか悪いのかわからないわね、アヴィナは」

「そうですね。でも、おかげではっきりしました」


 俺は、向こうで半泣きになりながら怪我人を癒やしているセレスティナを見た。


「セレスティナ様は奇跡がそれほど得意ではいらっしゃらないようです」


 でも、癒しの奇跡で消毒してから治癒魔法に切り替えてるあたり要領はいいな、彼女。

 なお、治療中に汗びっしょりになったせいでドレスは当然のように透けていた。




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ様。治療へのご協力、心より感謝いたします」


 あれこれやっていたら神殿に戻る頃には夕方になっていた。

 これは今日の仕事に間に合わなさそうだが「了解はもらってあるから安心しなさい」とのこと。

 神殿に戻ると、俺はなんと、神官長から頭を下げられた。


「やめてください。わたしはただお手伝いをしただけで」

「いいえ。あなたがいなければ大神官様が強引に現場へ出ていたかもしれません」


 なにやってんだあのおじいちゃん。


「大神官さまはご高齢のうえに最高責任者ですよね?」

「……よくおわかりで。ですが、神殿は人手不足なのですよ」

「神官も巫女もかなりの数がいるように見えますけれど」

「今回の規模の治療が二日続くだけで破綻しかねないのはご覧になって気づかれたはず」


 確かに、全員を連れていかなかったにせよ主力が頑張ってアレだし。

 全力で治療した疲れは一晩寝た程度では完全には消えてくれない。


「まあ、人手不足は大神官様ご自身の失態でもあるのですがね」


 ああ、財政悪化で新人の数を絞らないといけない→受けられる治療数の減少という悪循環か。


「奇跡の力は無限に振るえるものではありません。人員に限りがある以上、救った相手から礼を受け取らなければ収益は減るのですよ」


 にもかかわらず、あのおじいちゃんは無償で人助けをしてしまう。

 困っている人が死ぬよりはいいからとそれが常態化すれば予算が減り、聖職者の負担は増える。

 悪循環に憤るこの男は、


「神官長さまにも信念がおありなのですね」

「大神官様の派閥を選んだあなたに言われるとは」


 うん、それはごめんなさい。

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