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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -7-

 都は南の門から近い側に平民街、遠い側に貴族街や王城が位置している。

 中央広場周辺が商業区画で、遠いほど住宅が多くなる。


 目的のアーバーグ侯爵家は都のかなり奥まったところにあった。


 『瑠璃宮』に勝るとも劣らない庭園。

 季節の花が咲き誇る様を横目に正面玄関へと馬車が停まる。

 出迎えには十名以上の執事やメイドが当主代行と共に参加した。


「アーバーグ侯爵家にようこそ、アヴィナ嬢。お目にかかれて光栄だわ」

「お招きいただき誠にありがとうございます、侯爵夫人。とても素敵なお庭ですね」

「あら、ありがとう。『瑠璃宮』の花に褒められたのだから、庭師もきっと鼻が高いわ」


 侯爵家では仕事の忙しい当主に代わって夫人が屋敷を切り盛りしている。

 セレスティナがある程度大きくなってからは特にその傾向が強いようだ。


「後ろのお二人はアヴィナ嬢のお姉さまかしら?」

「ヴィオレと申します。本日は女主人の名代として参りました」

「ロザリーでございます。妹の騎士役として参加をお許しください」


 紫のドレス姿のヴィオレと、フレアスカートの黒ドレスを着たロザリー。


 前者は魔道具の指輪を身に着け、服の下も腕輪や首飾りで『武装』状態。

 後者はスカートの下がショートパンツになっており、おまけに帯剣中。

 娼館きっての武闘派二人は「いざとなったら暴れてでも脱出してやる」という構えだ。


 俺も戦闘能力はほぼないものの、見た目よりは動きやすいドレスを着ている。

 こう見えて運動はしているので、走って逃げるくらいはできる。

 顔には、最近外出時に欠かせなくなったヴェール。


 家主としては「ちょっと遠慮してくれない?」となっても仕方ないが、


「では、お三方ともこちらへどうぞ」


 文句ひとつ言われることなく中へと招かれた。

 持参した手土産はメイドに渡して。


 案内された侯爵家の屋敷内には、あちこちにワインレッドがあしらわれていた。

 夫人の髪色はセレスティナによく似た赤で、家の「色」がわかりやすい。

 シックかつゴージャスがこの家のモットーか。


 ──しかし俺、貴族の家ってほとんど初めてなんだよな。


 以前暮らしていた男爵家では他家に訪問する機会もなかった。

 お客さんとして来るのは初めてと言っていい。

 はしたないと思いつつもきょろきょろするのを抑えきれない。


「好きに見てちょうだいね。もしこの家の子になるならここが『家』になるんだもの」


 そう、名目上はこの家が身請け先に相応しいかどうか見極めるための訪問だ。


「ありがとうございます。正直なところ、見事なお屋敷で圧倒されております」

「まあ。『瑠璃宮』も十分に立派な館でしょうに」


 部屋に到着するまでに受けた印象は「なんか思ったより歓迎されてるな?」であった。

 ヴェール越しに観察した限り使用人たちからも敵視されてはいない。

 本気で身内にするつもりなら可能な限りの厚遇は当たり前だが。


「さあ、こちらへ」


 開かれた扉の先には豪華な応接間があって、既に人が待っていた。

 彼女はこちらを振り返るとすぐに立ち上がって俺の元へと歩いてきた。


「いらっしゃいませ、アヴィナ様。またお会いできるのを楽しみにしておりましたのよ?」

「ごきげんよう、セレスティナ様。先日はゆっくりお話もできず申し訳ありません」


 聖女セレスティナ・アーバーグ。

 前もって日程のすり合わせがあったので参加すると思っていた。

 俺は彼女と笑顔で見つめあう。


 彼女と、それから後ろにいる家の真意を少しでも探るのが今日の目的だ。


「お茶を楽しみながらお話いたしましょうか」


 香り高い紅茶に複数種類のお菓子がテーブルに並ぶ。

 土産の一つである果物の砂糖漬けもお茶請けに出してくれた。

 ホスト側が先に手をつけるのがマナーなので夫人たちが先に食べてみせてくれる。

 もちろんこっちの土産は俺たちが先だ。


「アヴィナ様、毒見は私にお任せください」

「お姉さま、楽しんでいらっしゃいますね……?」

「だって、騎士の真似事ができるんだもの」


 護衛として後ろに立っているロザリーが一番生き生きしているのはどういうことか。

 まあ、それはさておき。


「この果物の砂糖漬け美味しいわ……! お茶にもとっても合うのね!」

「セレスティナ、はしたないわよ」


 ……待ってましたとばかりにお土産を味見した聖女様もさておき。


「侯爵さまはお忙しいと伺いました。宮廷魔術師として頼りにされていらっしゃるのですね」

「ええ。主人も、息子二人も宮廷魔術師だから、男たち揃って家を空けがちで」

「アヴィナ様が来てくれれば家の中も賑やかになりますわね」


 すぐにド直球の本題に入らないのも貴族の常識。

 世間話のようなそうでないような会話が繰り広げられた。


「では、セレスティナ様も魔法をお使いになるのですか?」

「もちろんですわ。わたくし、魔法には自信がありますの」


 金のウェーブロングを揺らしながら胸を張るセレスティナ。


「殿下の婚約者に選ばれなければ宮廷魔術師を目指したかったくらいです」

「女の身で宮廷魔術師を務めあげるのは至難ですので、幸運だったでしょう」

「あら。政争でむざむざ負けるほど当家の力は弱くありませんわよ?」


 ヴィオレがにこやかに告げれば、今度は自信ありげな返答。


「アヴィナ様の魔法の才能はいかがかしら?」

「残念ですが、平民の標準より少し上程度の魔力しかございません」

「あらあら、それは残念」


 念のためにと後で測定されたが、前に測った時と変わらず魔力は「13」だった。


「気を落とすことはありませんわ、アヴィナ様。だって奇跡の才能をお持ちなのですもの」

「セレスティナ様はどちらもお使いになられるのですね?」

「わたくしの奇跡は大したものではありませんわ。せいぜい小さな怪我を癒やす程度ですの」

「聖女としてはどのようなお仕事をされているのでしょう?」

「月に一、二度訪問してお話をする程度ですわね。請われれば力を尽くすこともありますけれど、そちらはわたくしよりもアヴィナ様のほうが向いているんじゃないかしら」


 話を終えて帰ったあと、ロザリーは「もうあのあたりでいらいらしていたわね」とこぼした。


「アヴィナ様は神殿がお好き? わたくしは必ずしもいいところだとは思わないわ」

「人々に救いを与える理想は素敵だと思います。ですが、わたしの考えとは相いれない部分もございます」

「話が合うじゃない。あなたはどこが嫌なの?」

「着飾るのを否定されるところでしょう──」

「そう! そうなの!」


 立ち上がった少女は身を乗り出さんばかりに興奮した様子で、


「わたくしも、神殿の清楚主義にはうんざりなの! わかってくれて嬉しいわ!」


 お? この子めちゃくちゃいい子なのでは?(手のひら返し)


「ええ、もっと肌を出したいのに教義とは相反していて──」

「服は布をたっぷり使って飾り立ててこそなのに、あの方たちはそれがわかって──」

「え?」

「あら?」


 うん、彼女ともどうやら思想が違うらしい。

 言葉通りの意味とは限らないのが貴族のやりとりだが、なんとなくここは素直に聞いていい気がする。

 なんかセレスティナ、むっとしてるし。


「肌を晒したいと思う方がどうしてヴェールで顔を覆っているんですの」

「わたしが顔を晒すと要らぬ騒動を生みますので」

「正しい判断だとは思いますけれど、自慢は反感を買いますわよ」


 こほん。

 侯爵夫人が若干慌てた様子で話題を切り替えて、


「……さて、ヴィオレさん。女主人の名代として答えても欲しいのだけれど、身請け金はどの程度を想定されているのかしら?」


 問われたヴィオレは淡々と、用意していた答えを返した。

 前もって俺も確認済みのその数字は、


「竜貨300枚でいかがでしょう?」

「構いませんわ」


 即答だった。早すぎて娘が後から「ずいぶん値上がりしましたのね」とこぼしたくらいだ。


「幸いにも多くの方から希望をいただいておりまして」

「アヴィナ様は大人気ですのね。婚約もまだですし、自由が少し羨ましいです」

「王子殿下との婚約など女の夢ではありませんか」

「学園を卒業後は花嫁修業に、聖女として魔物討伐への協力も課されるのですわよ? ああもう、聖女の位なんて投げ出してしまいたいくらい」


 随分と俺を立ててくるというか、自分を卑下するような発言をしているが──素直に考えれば逆の意味だ。


『わたくしは侯爵令嬢で第一王子の婚約者で聖女ですけれど、あなたはなにも持っていませんのね?』


 そんな風に俺を挑発している。

 嫌味を言われるのには慣れている俺は特に態度には出さないまま会話を終えて、


「興味深いお話を聞かせてくださりありがとうございました。セレスティナ様も、お会いできて光栄でした」

「わたくしも楽しかったですわ。ぜひまた神殿にもいらしてくださいませ」

「返事は後日聞かせてもらえるのでしょう? いい返事を期待したいところだけれど──」


 優雅な笑みを浮かべたセレスティナが、玄関での見送りの際、俺たちにこう告げた。


「アヴィナ様は、アーバーグ侯爵家とはご縁がありそうにないですわね」


 魔術師の才能がないのなら取り込むまでもない、とでも言いたげな台詞。


 ──もしかすると。


 俺は少し、セレスティナ・アーバーグという人物を勘違いしていたのかもしれない。

 ふとそんなことが頭に浮かんだ。

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