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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -6-

「ごきげんよう、旦那さま。今宵はどのような趣向をお望みですか?」

「ああ。どうか私を豚と罵って欲しい」

「ふふっ。かしこまりました」


 『瑠璃宮』では客の要望を受け付けるかを娼姫が判断する。

 逆に言うと、OKが出ればどんなことでもできる。


 今宵の相手は、どこかの中年貴族。


 俺の衣装は露出のほとんどない、シンプルかつ上品なドレスだ。

 相手に合わせて着替えることもここでは珍しくない。

 娘くらいの歳の少女に弄ばれたい御仁にはこういうのがかえって効くのだ。


「では、そこに跪いてくださいませ」


 目線を合わせた彼の首に、本人の持参した装飾品を巻きつけて。

 金具から伸びる細い鎖をくいっと引っ張る。


「さあ、豚さん? ぶひぶひ鳴いてくださいな」

「ぶ、ぶひっ。ぶひぃっ!」


 その夜、部屋には豚(比喩表現)の鳴き声が長く響き続けた。


 ……いや、ほんと、これで金もらっていいのかと思わなくもないが。


 この世界でもいい歳した大人がこんなことすれば白い目で見られる。

 有力者にとっては弱みにもなりうるわけで、秘密を守ってくれる店は貴重なのだ。

 最年少娼姫の俺は小さい子が好きな男から大人気。

 姉たちでは満たせない需要をこれでもかと満たしており、今では十分に店の戦力になっていた。




    ◇    ◇    ◇




 ちなみに、他の姉たちがどんな仕事をしているかというと。


 元魔法使いであるヴィオレの場合、


『そうね。もちろん普通の客も来るけれど、書物の一節を暗唱しあいたい──なんていう希望もよくあるわ』

『お姉さまは本当に記憶力がすごいですよね』

『ふふっ。魔法関連の相談もあるのよ? 術式の改良で悩んでいるとか、特別な薬が欲しいので調合してもらえないかとか』

『もう普通に魔法使いとしての依頼じゃないですか』


 優秀な魔法使いは宮仕えが多いので下手するとここに来るほうが早くて安全らしい。


 また、騎士を目指していたロザリーだと、


『私のお客様は激しい行為を好む方が多いかしら。普通の女だと途中でへばってしまうからって』

『ロザリー姉さまのしている時の声は激しいと評判ですものね』

『誰が言ったのかしら、それ。まあいいけれど……後は、剣の立ち合いをしたいって要求も意外とあるわ』

『実はお姉さま、秘剣などをお持ちなのですか?』

『まさか。女を力で負かしたうえ、その相手から甲斐甲斐しく世話をされるのが快感なんですって』


 間違っても女騎士には頼めないので娼姫を頼るのだろうが、なかなかの特殊性へ──ご趣味である。


 こんな風に、娼姫によって仕事内容は千差万別。

 盤上遊戯では指折りの腕前を誇る姉や、楽器の演奏に長けた姉、舞を得意とする姉などがそれぞれの持ち味を活かして日々、接客を行っている。

 身請けの要請もよく来るが、多額の身請け金から断念されるケースも多い。

 そんな中、




    ◇    ◇    ◇




「今月の身請け話はアヴィナの62件が最多だったわ」


 朝食(昼過ぎ)の席にて女主人が発表すると、姉たちから「おお」と歓声が上がった。


「聞いたことのない数字ね。おめでとう、アヴィナ」

「ありがとうございます、お姉さま。……でも、その、その方々は金額的条件を承諾されたのですか?」

「過半数は私の提示した相場を聞いて引き下がったけれど」


 竜貨200枚要求されたらそりゃそうだ。


「残った話だけでも23件あるの。さすがに笑いが止まらないわ」


 言いつつ、うちのボスはくすりと上品に声を漏らす。

 確かに宣伝効果と情報的価値だけでも相当だろう。

 しかしこれ、姉たちにとっては面白くない話じゃないか?

 ちらりと様子を窺ったところ、気づいたロザリーに頭をくしゃくしゃ撫でられた。


「なに、気を遣おうとしているの? 私たちを誰だと思っているのかしら」


 優しい言葉に、俺は「……えへへ」と素でにやけてしまった。


「それに、小さい子は身請けしやすいから件数で張り合ってもね」

「そうね。結婚相手にも養女にもちょうどいいもの」

「わたしに求婚のお話まであるのですか……!?」

「もちろん。下は五歳から上は五十五歳まで幅広く」


 五歳ってなんだよ、結婚まで十年は先になるんじゃないか?

 五十五歳もおかしいが、まあそっちはロリコンが後妻を求めてるんだろう。


「アヴィナの美貌は都中に知れ渡り始めている。礼儀作法までできて、おまけに処女。狙われるのは当然よ」


 俺の初めては売り出されたら馬鹿みたいな値段が確定なので、それまでは女主人が絶対守る。

 純潔の証明としてはある意味貴族家にいるより確実だ。

 ある種、一級の魔導具よりも希少な商品を扱う『瑠璃宮』の主は俺を見つめて、


「あなたも、狙ったところはあるでしょう?」

「そうですね。わたしの価値が知れ渡れば軽くは扱われなくなりますので」


 他でもない女主人から教わった処世術である。

 母代わりだと俺が勝手に思っている女性は苦笑いを浮かべて、


「あなたを後継者にしたかったのだけれど、その前にどこかへもらわれてしまいそうね」


 俺が『瑠璃宮』の次の主に……?

 彼女のやっている仕事を引き継ぐなんて気が遠くなりそうで、同時にとても楽しそうで。


「まだ隠居するには早いと思います。もっともっと元気でいてください」


 俺の言葉に女主人はくすくすと、珍しくこらえきれないように笑った。


「そうね。それじゃあ、次の戦略について相談に乗ってくれるかしら?」

「次の戦略ですか?」

「ええ。身請け話を受けるか断るか、断るならどう断るか、ね」




    ◇    ◇    ◇




「これが相手先の一覧よ」


 差し出された紙にはずらりと名前が並べられていた。

 紙を気軽に使えるのも『瑠璃宮』が裕福な証だ。

 手にした紙を、野次馬する姉たちと共に覗き込んで。


「大商人から公爵家まで……そうそうたる顔ぶれね」

「わかっていると思うけど口外厳禁よ。あなたたちに見せたのは情報を集めるためなんだから」


 俺も『瑠璃宮』の一員、漏れ聞く噂話から貴族家について多少は知っている。


「断るつもりではいますけれど……相手によっては話を聞いてからでも遅くはない、ということですね?」

「正解。求められているのが駒か人か、懐に入ってこそわかることもあるわ」


 女主人はそこで若干迷うようにしてから、


「今回の話は大事になさい。おそらくだけれど、身請けの話はこれからどんどん減っていくから」


 ヴィオレが「ああ」と頷いて。


「来年の四月に間に合わせなくてはいけないものね」

「四月……。貴族学園の入学式」


 この国の貴族は十二歳から十五歳までの間、専用の学校に通って学ぶ。

 年齢的には中学校相当だが、平均寿命が前世より短いここでは十五が成人──よって高校、大学という認識が正しい。

 聖女セレスティナが通っているのもこの学校だ。

 貴族なら養女でも通えるため、四月までに手続きを終わらせられれば俺にも資格がある。


「事前教育を最小限に抑えられるうえ、神殿への影響力まで持つ美貌の娘。聖女を擁する侯爵家に対抗する意味でも欲しがる家は多いわ」


 セレスティナの対抗馬にするなら学園入学は必須。


「……学園」


 校則が厳しそうだし、俺の望むファッションには向いていない場所だが。

 俺は、リストのかなり上のほうにある一つの名前を見つめた。


「少なくとも一件はお話を伺ったほうが良さそうです」


 そこには他でもない、聖女セレスティナの実家の名前があった。

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