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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -4-

「奇跡で人を救うことが悪いことのはずありません……!」


 ちょうどよく『瑠璃宮』へラニスが訪ねてきた。

 近くまで来たのでご挨拶まで、と告げる彼女をお茶に誘って。

 尋ねた結果、きらきらした目で身を乗り出された。


「アヴィナ様が奇跡の才をお持ちだなんて、ああ、やはり神の現身に違いありません! 可能であればそのお力を拝見させていただきたいのですが──」

「お、落ち着いてください」

「っ。これは失礼いたしました」


 はっとした彼女はかぁっと赤面して座り直す。


「奇跡にも才能が必要なのですか?」

「もちろんです。最も重要なのは信仰心ですが、神へ声が届きやすいかどうかは人それぞれなのです」

「では、ラニス様はその才能をお持ちなのですね」

「どうかラニスとお呼びください。……才能と言えば、アヴィナ様こそ至高の才をお持ちのはず」


 首から下げた十字架(異世界式)をラニスはぎゅっと握って、


「男よりは女、また、神に容姿が似通っているほど奇跡の才に長けている。そう伝えられております」

「では、わたしは」

「伝承が正しければ、大いなる力をお持ちのはず」


 なんて俺に都合のいい話だ。

 例によってポイントは振っていないが──いや、奇跡の参照するステータスが『魅力』なのか?

 だとすれば。


「わたしなら、多くの人を助けられるかしら?」

「はい、ぜひそのお力で失われる命をお助けください。……と、言いたいところなのですが」


 慈愛溢れる巫女の表情が曇る。


「アヴィナ様の懸念通り、神殿に属さない『奇跡』の持ち主は歓迎されません」

「冒険者の中に聖職者はいないのですか?」

「神殿から派遣されている者が大半です。所属を抜けて自由に振舞う者もおりますが、神官長様は取り締まりを強化する方針で──」

「……困る人も出てきますね」


 勝手に使われては困るというのなら、先に筋を通すべきか。




    ◇    ◇    ◇




「アヴィナ様だ!」

「アヴィナ様! また来てくださったのですね!」


 今回は神殿の前ではなく近くまで馬車で乗り付けて、そこから歩いた。

 邪魔になると思ったからだが、来た途端これでは大して変わらなかったか。


 ちなみに今日は俺と女主人の二人だけ。

 ドレスは白多めのモノトーンだ。

 来訪を前もって伝えておいたところまたしても大歓迎で、


「また来たのですね、はしたない娼婦の娘が」

「神殿のしきたりに合わせて肌を隠しているからまだいいものの……」


 神官長派と思われる信者たちからは眉をひそめられた。

 俺たちは素知らぬ顔で大神官へと取次ぎを求めて──。


「これはこれは。こちらに来られるのは先日以来ですな?」


 なんでお前がいるんだよ。

 面会用の部屋には大神官だけでなく神官長まで同席していた。


「申し訳ございません、アヴィナ様。この者がどうしてもご尊顔を拝見したいと……」

「とんでもございません。内緒話をしに来たわけではありませんので」


 微笑み、女主人と並んで腰かけて。


「本日は聖女様はご不在なのですか?」

「セレスティナ様は普段学園に通っていらっしゃる。お越しになるのは月に一度程度でございます」

「そうだったのですね」


 軽い会話を交わした後、持ってきた包みを開く。

 中には、白くつるつるとした、一見すると貝のような見た目の硬貨が一枚。

 神官長がそれを見て驚く。


「竜貨……!」

「アヴィナよりこちらを神殿にお納めいたします」


 竜の骨を削りだして作った貨幣で、それそのものが非常に高価。

 金貨100枚分、日本円にしておよそ100万円だ。


「これは、まさかこのようなお心づけをいただけるとは」

「神官長」


 笑顔になりつつ手を伸ばしてくる中年男を大神官が制して、


「よろしいのですか、アヴィナ様?」

「はい。ただ、お願いがございます」

「お願い、ですか」

「ええ。こちらのお金を、スラムや貧民の救済に充てていただきたいのです」

「はあ? こんな大金を、見返りもなく弱者に差し出すと?」

「これは恩返しです。……わたしはかつて、ラニスの施しに命を救われておりますので」


 短く浮浪児時代を語ると、大神官は表情を緩めた。


「ラニスが聞けば涙と共に感激することでしょう」

「お優しいことですな。神殿の者たちもあなた様の慈悲に涙するのではありませんか?」


 意訳すると「人気取りのつもりか?」だ。


「わたしが、かつてのわたしを救うだけです」

「崇高なるお志です。私の名にかけて、お望み通りに使うとお約束いたしましょう」


 俺の一月分の給金よりも安いが、あれだけあればパンとスープを大量に用意できる。

 多くの子供に行き渡る量を一定期間、定期的に供給できるはずだ。

 大神官はそれを大事そうに受け取ってくれた。


「それから、もし可能であれば自由に奇跡を行使する許しをいただきたいのです」

「アヴィナ様には奇跡の才能があるとラニスが申しておりました。それはもちろんご自由に──」

「大神官殿」


 今度は神官長が咳払い。

 また神殿の財政を悪化させるつもりかこのジジイ、とでも言いたげである。


「神の力は無制限に与えて良いものではありません。無償の施しでは信仰心は育たないもの」

「少なくともわたしは神とラニスに感謝しました」

「少数の信者が一人増える代わり、神を軽んじる不届き者が十人は増えるでしょう」


 うん、やっぱり、理解はできるが好きにはなれないなこのおっさん。


「奇跡を娼館経営に使われるのは困ります。神殿にも籍を置き、対価を神殿に納めるのであれば構いませんが」

「平民と貴族で求める対価が異なるのであれば、お金を持たない方は無償で助けても良いのでは?」

「話になりません。神の代弁者にでもなったつもりですかな?」


 意図して極論を言ったところはある。

 が、個人の裁量でする人助けにとやかく言われるのは気に食わない。


「わたしは神殿には行きません。肌を出した格好が好きですので」

「神殿に教えに背きながら奇跡の行使を望むとは、やはりあなたに聖女の資格はない」

「役職なんていりません。……では、施しだけはどうかお願いいたします」


 筋を通しに来た以上は「こっちで勝手にやりますね」とは言わない。

 神官長もそれで多少ほっとしたのか表情を和らげた。

 隣で申し訳なさそうにしている大神官はとにかく不憫だ。


「アヴィナ様。神殿の入り口までお送りいたします」

「どうかご無理をなさらないでください。……神官長さま、大神官さまの身体の痛みを和らげて差し上げられたらと思うのですが、対価を求める必要はありますでしょうか」


 尋ねたらめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。


「神殿にとっても大事なお方です。型に嵌まった対応は必要ないでしょう」

「ありがとうございます。では、大神官さま。少々失礼させていただいても?」

「ええ。アヴィナ様に癒していただけるのでしたら喜んで」


 困ったところはあるが、苦労の多そうなこのおじいちゃんに少しでも長生きしてほしい。

 心からの願いを込めて目を閉じ、神に祈ると、溢れた光が大神官の身体に注がれた。

 光に包まれながらとうとう涙する神殿の長。


「おお、なんと……! 何歳も若返った気分です」


 実際、彼の動きが少し機敏になった気がする。


「少しでもお役に立てたのでしたらなによりです」


 俺たちは二人に挨拶をして、神殿を後にした。

 馬車に乗り込み扉が閉まると、女主人がぽつりと尋ねてくる。


「対抗することにしたのね、聖女に?」

「はい。神官長さまは少しやりすぎだと思いますので」


 俺が大神官を癒やした場には側仕え代わりに巫女と神官が控えていた。

 聞いていた者がいる以上、口に戸は立てられない。


 事実あのあと「アヴィナ様が大神官様を癒やされた」と噂が広まったらしく──それは巡り巡って俺や女主人の耳にも入ってきた。

 神殿には一般人も出入りするため、噂は街にも広がる。

 施しが質・量ともに改善した話と共に認知度が上がったところで、姉と一緒のお出かけを増やしてやれば。


「もしかしてあれが『瑠璃宮』にいるっていう?」

「顔は良く見えないけどあの美しさだ、間違いないだろう」

「最近娼館に神官が出入りしてるっていうのはそういうことだったのね」


 『瑠璃宮』への注目度は今まで以上に高まり、客足と金払いも良くなった。

 娼館全体の注目度も高くなったのか、他の店の売れ行きも上がったようで──前いた店のおかみさんは、わざわざ昼間に来て女主人にお礼を言ってくれた。

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