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神の現身? アヴィナ -3-

 この世界の神のしるしは横棒の短い十字だ。

 同時に、家で祈るために小さな神像を用いることも多い。


「お姉さま、持っていらしたのですね?」

「せっかくだから試してみたいじゃない。私にはさっぱり理解できなかったけど」

「? 祈ればいいのではないのですか?」

「祈るだけで魔法が発動するなんて理解できないでしょうに」


 頭がいいと逆に不条理を受け入れがたいのか。

 俺からしたら聖職者がお祈りして奇跡を起こすのは「よくあるよね」だ。


「あなたは抵抗がなさそうだし、もしかしたらこっちのほうが向いているのかも。癪だけれど」

「お姉さま、けっこう聖職者がお嫌いですよね?」

「可愛い妹を持って行こうとする奴らをどう好きになれと言うのかしら」


 言いながらも、こうして奇跡を試させてくれるのだからお人よしである。


「頭を空っぽにして、祈りと望みだけを満たすのがコツだそうよ」


 つまらなそうな姉の声を聞きながら、俺は神像に手を伸ばした。

 硬い石の質感。

 祈りと望みか。

 魔法も、望む結果が固まっていないと術式構築が曖昧になったり間違ったりする。

 同じように「こういう奇跡をください」とはっきり願うほうがいいわけだ。


 もっと露出したいです、とか言っても神様も困るだろうし。


 明かりにするか。

 ほのかな温かさを持つ優しい光。

 俺の身体を中心として、部屋を満たすような、そんな輝き。

 神像に触れたまま、目を閉じて祈る。


「……光を」


 照明をつけたまま仰向けで寝ている時のように、瞼の向こうが明るくなる。


「っ」


 ヴィオラが息を呑む気配。

 がたん、と、立ち上がるような音がして、


「そのまま目を開けてみなさい、アヴィナ」


 指示に従って部屋の光景を目にすれば──。


「眩し……っ」


 本当に、光が部屋中を満たしていた。

 思わず手をかざしたところで光が途切れ、元の光景が戻ってくる。

 ほっと息を吐いたヴィオラが椅子の位置を直して、


「私、今日は酒でも飲んで寝ようかしら」

「どうしてそうなったんですか」

「ふん、祈るだけでほいほい魔法使われたら魔法使いは商売あがったりなのよ」


 めちゃくちゃ拗ねてしまった姉だが、女主人に結果報告をきちんとしてくれた。




    ◇    ◇    ◇




「神殿の内情については、あのラニスの言葉に嘘はないと思うわ」


 俺と向かい合った女主人はまず、そう口にした。


「私の持っている情報と齟齬もない。神殿では、大神官派と神官長派が勢力を二分しているの」

「既にご存じだったのですね?」

「人はみな神殿を利用するのだから、話はいろいろと入ってくるのよ」


 女主人はたばこを吸わない。

 代わりにビーフジャーキー的な干し肉を小さくかじりつつ、


「人気もだいたい互角かしらね」

「対価にうるさい神官長もそんなに人気があるのですか?」

「逆に言うと、金を積めば便宜を図ってもらえるということだもの」


 ああ、金持ちには好都合なのか。


「分布としては、大神官派は実際に救われた人物や比較的余裕のない家が多いわ」

「みんな、自分が得をするほうを応援しているのですね」

「普通はそういうものでしょう。公平に物事を見て、損を選べる人間はそういないわ」


 ガチの聖人とか早死にしそうだもんな。


「『聖女』セレスティナは現在十三歳よ。就任したのは八歳の時」

「わたしがまだ男爵家にいた頃ですね」

「男爵としては先を越された格好かもしれないわね」


 当時俺は六歳くらいなので「神にそっくりでしょ? ほらほら」するにはちょっと幼すぎる。

 若干タイミングが悪かったようだ。


「セレスティナ・アーバーグ。侯爵家の長女で第一王子殿下の婚約者でもあるわ」

「将来は王太子妃ではありませんか」


 主人公か、はたまた悪役令嬢か。


「聖女就任は箔づけの意味もあったのでしょうね。……いくら払ったのかしら」

「大神官さまは反対だったのでしょうか?」

「そうね。巫女ならともかく聖女は過分だろうと主張していたそうよ」


 目の色も髪の色も推しと違うからな。


「神官長の後押しで聖女が生まれたことで神官長派は勢力を拡大中。大神官はもうお年だから、このままいくと遠からず勢力図が塗り替わるかも」

「確かに少し可哀そうですね」


 右腕に反抗ばっかりされた挙句、組織内が二分。

 疲れてきたし、そろそろ引退しちゃおうかな……と思っても不思議はない。

 そうなったら大神官派は自然に縮小していくだろう。


「大神官派からしたらあなたはまさに救いの神ね。神を思われる容姿の若い女の子だもの」

「大神官派の新しい旗頭を望まれているわけですね」

「不満?」

「わたし、みんなに『肌を隠しなさい』なんて絶対言いたくありません。逆なら大歓迎ですけれど」


 女主人は見習い娼姫に指示して酒とグラスを持ってこさせた。

 干し肉だけだと喉がかわくのだろう。


「相手は侯爵家の娘で、後ろには王族がいる。喧嘩を売るのも得策とは言えないわ」

「わたしはスラム生まれの孤児ですからね」

「神官長も聖職者。そのあたりも気に入らないのでしょうね」


 神官長はなんとなくいけ好かないが、聞く限り仕事ぶりはわりと真面目だ。

 前世の経験から言っても「経理なんて適当でいいんだよ」と言うおじいちゃん経営者は困った人だと思う。

 組織を立て直すために多少きついことを言ってしまっても仕方ないかもしれない。

 なんとなくいけ好かないが。

 女主人は「困ったものね」と言いつつグラスを傾けて、


「ねえ、アヴィナ。最近肩こりがひどいのだけれど、ちょっと癒してみてくれないかしら?」

「構いませんけれど」


 恩師の一人におばさんムーブされるのちょっと嫌だな。


「神像に触れなくてもできるでしょうか」

「聖職者たちはいつも神像持ってるわけじゃないし、大丈夫でしょう」


 肩こりを和らげ、原因を取り除いて欲しいと願うと、手のひらに光が生まれた。

 一回コツを覚えたおかげだろうか。

 女主人は「あーこれいい、すごいわ」とおばちゃんっぽい声を上げて。


「凝りがすっかりなくなったわ。ずっとうちにいてくれていいのよ、アヴィナ?」

「出ていく予定はありませんけれど、現金過ぎませんか」


 その後、俺が奇跡を使えると聞いた姉たちも「紙で指を切った」とか「股関節が痛い」とか言って癒やしを強請ってくるようになった。

 今まで治癒関係も頑張って対応してくれていたヴィオレは拗ねたが、最終的には「楽になるからまあいいわ」と納得してくれた。

 俺としてもみんなの役に立てるので嬉しい限りだが、


「みんなの役に立てる、かあ」


 人から必要とされるのも悪くない、それは確かにその通りだ。

 肌を隠せという神殿の教えは気に食わないが、平民でも癒やし、孤児にも施しを与える姿勢は見習いたい。


 俺がこうしてここにいるのはあの日、ラニスからもらったスープのおかげ。

 一銭にもならない善行が一人の孤児の命を救った。

 なら、同じようなことは俺にだってできるはず。


 幸い、手元には使いきれないほどの金、それに奇跡の力がある。


「奇跡って勝手に使っていいものなのかしら」


 『瑠璃宮』内で使う分にはいいだろうけれど。

 例えばスラムに行ってあれこれしたら神殿から「なにを勝手なことをしている」と言われるかもしれない。

 営業する定食屋の前で関係ない奴が弁当売り始めたら商売あがったりだ。


「……一度、確認してみましょうか」


 動いてみないことにはなにも始まらない。

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