神の現身? アヴィナ -2-
神官長。
彼もまた、一目で特別とわかる衣装を身に着けている。
悪そうな顔をしている、と思ってしまうのは口ぶりと俺への態度のせいか。
「神官長は神官や巫女を束ねるお方……大神官様に次ぐ地位でございます」
囁かれた言葉に感謝をこめて頷く。
「お騒がせして申し訳ございません。お邪魔であれば本日はお暇させていただきます」
進み出た女主人が目礼と共に神官長へと告げた。
内部の派閥争いなら勝手にやってくれと暗に主張しているのだ。
神官長はこれ幸いにと笑みを浮かべて、
「そうしていただけると助かります。実際こうして注目を集めておりますからな」
急病人でも運び込まれてくるかもだし、邪魔ではある。
責任者としては神官たちに「持ち場に戻れ」と言いたいのもわかる。
……言い方にイラっとするが。
仲間たちと目線を交わした俺は大神官を振り返って、
「本日は素敵な時間をありがとうございました。機会がありましたら、またいつか」
「料金は後日、一部をお返しいたします。『瑠璃宮』にまたいつでもご来訪ください」
大神官はなにかを言いたげにしたものの、思いとどまって「かしこまりました」と頷いた。
「ラニス。アヴィナ様を『瑠璃宮』まで送ってくれないだろうか?」
「はい。ぜひ、喜んで」
どうなることかと思ったが、ひとまず話を有耶無耶にできたか。
神官長たちの乱入でむしろ助かったか? いや、そう単純ではないか。
それと、『彼女』はここまで話に割って入ってこなかったが。
「あら、もう行ってしまわれるのですか? お話をしたかったのに残念ですわ」
『聖女』と呼ばれた娘がここでようやく口を開いた。
歳は俺よりも少し上に見える。
ウェーブのかかったまばゆい金髪に、明るいオレンジの瞳。
令嬢らしいドレスを纏い、扇子で口元を隠す仕草が様になっている。
こちらに向けてくる態度は──娼館育ちの元孤児相手じゃ当然と言えば当然。
「アヴィナ様? どうかまた神殿へお越しくださいませ。その方がみなさまも喜びます」
どの口がと思いつつ、俺は「ご指名をお待ちしております」とスカートの裾を持ち上げた。
背を向けて歩き出してもなお、こちらに向けられる視線は二分されていて。
◇ ◇ ◇
「大変申し訳ありません。神殿内の事情に巻き込んでしまいまして」
広めの馬車なので、乗客が五人に増えても狭苦しくはない。
見送りと言うより説明役につけられたのだろう、サファイアの瞳の巫女はしゅんとしていた。
「神官長様の横やりがなければ、アヴィナ様に聖女就任のお話ができましたのに」
「引き抜きもあまり変わらないような気がするけれど」
巫女──ラニスに対しての感情ではないものの、姉、ロザリーも若干むっとしている。
「強引に話を進めるつもりはもちろんございません。本日はお話だけのおつもりだったかと……」
「そこに、神殿の幹部から待ったがかかった」
ラニスは「はい」と頷いた。
「大神官様と神官長様は神殿の運営に関して意見が食い違うことが多いのです」
内部対立。
「上層部がそれでは下の者もやりづらいのではありませんか?」
「神官長様の言い分もわかるのです。ですが、私は正直、大神官様がおかわいそうで……」
「お二人はどのような主張をされているのでしょう?」
「大神官様は慈悲深く信仰心の篤いお方です。神官長様は経営や組織運営に関心が強く、財政の立て直しに尽力されてきたお方です」
「……どちらもそれほど悪い人物には聞こえないわね?」
同感だ。カリスマ的な社長と敏腕副社長と言ったところか?
「傷病者に対する奇跡の対価が神官長様によって厳格化されたことで困る方が出ている一方、貧民への施しの回数は増えました。
金の髪に橙の瞳の侯爵令嬢が『聖女』に推されたことで支流だった神話解釈が勢いを増し、大神官様の大事にされてきた古くからの教えが蔑ろにされるのを目にするようになりました」
「両極端、なのですね」
施しで生き延びた人間としては神官長の成果もわかるが、伝統を簡単に壊される拒否反応もわかる。
ロザリーが「ええと」と首を傾げて。
「聖女はもういるのよね? 仮にアヴィナが聖女になるとあの子はどうなるの?」
「聖女は複数人でも問題ございませんので、セレスティナ様はそのままです。……あるいは、アヴィナ様には専用の地位が創設されるかもしれません」
地位を追われるわけではないのか。
が、二人になれば権力は落ちるし、ぽっと出に上に立たれるのも困るか。
「聖女は、大神官よりも上の立場なのですよね?」
「名目上はその通りです。ただ、実務や運営に関する発言権は大神官、神官長よりもだいぶ低い立場です」
象徴としての地位で聖女>大神官だが、実権は大神官。
逆に言うと大神官が実権を握っていても、神官長&聖女のタッグを無視できるほどではない。
女主人は、ふう、と息を吐いて。
「大神官が権力を取り戻すためにアヴィナを担ごうとしている、という風にも見えるわね」
「大神官様はそのような方ではございません!」
確かに、あの信仰心は本物に見えた。
ラニスが尊敬している人物だし、単に神様大好きすぎて経理とか苦手なおじいちゃんなのかも。
ラニスはその美しい瞳を輝かせて俺に訴える。
「アヴィナ様、どうか大神官様にお力を貸していただけないでしょうか!? このまま神殿が二分されているのは良いこととは思えません」
「申し訳ありませんが、わたしは聖女にはあまり興味がありません」
そう答えると、なぜかロザリーと女主人が揃って「そうなの?」という顔をした。
「初物を失う前に娼館を出られるのよ?」
「誰かに必要とされる生活は悪くないと思うけれど」
「最高位を与えられると言われても、わたしは巫女ですらありませんし……それに、神殿のやり方にはどうしても賛同できない部分があるのです」
「神殿のどこが不満なのですか……!?」
切実に問いかけてくるラニスに、俺もまた嘘偽りなく答える。
「肌の出ない服装を強要されるのは、わたしにとって大問題です」
◇ ◇ ◇
『瑠璃宮』に戻った俺はストレス解消のために服を着替えた。
黒の手袋にストラップ多めのブラ、同じく紐がたくさんのショーツ、ガーターベルトと吊られたソックス。
金環やチェーン、宝石で飾れば踊り子めいたスタイルに。
ブラとショーツは女性冒険者のマントなどに用いる艶と丈夫さを備えた素材なので、まあ水着とかそれ系の感覚だが、この世界基準だとばっちり下着。
それでも、姉たちは「仕事の時に着なさいよ」程度の小言しか言ってこなかった。
「聖女になってくれ、とは大きく出たわね。まあ、アヴィナなら不思議はないかしら」
「ヴィオレお姉さまは予想していたんですか?」
ロザリーから土産話を聞いた姉の中で特に興味を示したのはヴィオレだった。
彼女は自分の部屋に俺を招くと、なにやら棚をごそごそする。
「神話の知識があれば、あなたを神と結びつけるのは難しくないわ」
言いつつ、テーブルにことりと置かれたのは手のひらサイズの魔導具。
「これ、覚えているでしょう?」
「ええ。魔力の測定具ですよね?」
「そう。前にも使ったけれど、もう一度測ってみなさい」
小さな水晶玉を台座が支えたデザイン。
玉の部分に手を触れると、台座に取り付けられた宝石が輝いて数字が浮かび上がる。
『13』。
「前より1伸びたわね」
代わりにヴィオレが手を触れると──今度は『1021』と数字が浮かんだ。
この魔導具は平民の標準的魔力を10として魔力量を数値化してくれる。
つまり、俺は平民の中ではちょっと多い程度。
「貴族の標準は100。つまり私はその10倍以上の魔力を持っているわけだけれど」
「自慢ですか」
「せっかくの弟子に才能がなかったのだから少しくらい八つ当たりされなさい」
そう、俺に魔法の才能はなかった。
ポイント振らなかったから当然だが……それでもモブよりはちょっと強い。
「あなたの魔力だと、火の玉一発放ったら息切れする。魔力は使うことでさらに増えるから、結局才能がものを言うわ」
「自慢じゃないですか」
「話を最後まで聞きなさい。……でもね、奇跡は違うのよ」
テーブルに新しく物が置かれる。
それは、片手で持てるサイズの神像だった。
「奇跡は神の力を引き出す。だから、魔力の量に関わらず行使できるの」