王弟殿下の婚約者 アヴィナ -6-
「お姉様、とってもお綺麗です!」
「ありがとう、アルエット。あなたもとっても似合っているわ」
城の一室にて。
歓声を上げる義妹に微笑んで答えた。
婚約記念パーティのドレスに赤を選んだのはフェニリード公爵家のカラーだからで──これは、俺だけでなく家からの参加者全体での共通認識。
つまり、家族として参加するアルエットもまた赤いドレスを纏っている。
「むしろ、赤い色ならわたしよりずっと似合うわ」
髪色がそっち系統なのはやっぱり強い。
逆に俺の銀髪はいろいろ気を付けないと合いにくい。白い『神の石』をちりばめたのにはその辺りを調整する意図もある。
なお、養母である公爵夫人も落ち着いたワインレッドのドレスで参戦、養父と義兄はネクタイなどのワンポイントで赤を主張している。
「あなたにとっても今日は晴れの舞台だもの。お互い頑張りましょう」
「あ……はいっ、お姉様!」
王弟であるテオドールの婚約ということは、王族の面々も親族として参加する。
パーティにて、アルエットは婚約者である第三王子ウィルフレッドにエスコートされることになっているのだ。
二人の婚約は幼い時期ということで特に記念パーティは行われていないため、ある意味今日がその場となる。
アルエットとウィルフレッドは今日のもう一組の主役なのである。
「ふふっ。それにしても、なんだかもうアヴィナがお嫁に行くような気分ね」
「縁起でもない事を言わないでくれ。それではアルエットまで行ってしまうようだ」
「父上、母上。心配せずとも二人の結婚まではだいぶあります」
家族で話した後、両家合同の待合室へと移動する。
「来たか、アヴィナ・フェニリード。なかなか似合っているではないか」
「ごきげんよう、アヴィナ様。素敵なドレスですわね」
「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。セレスティナ様、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
率先して話しかけてきたのは第一王子ランベールとその婚約者であるセレスティナ・アーバーグ。
「残念ですわ。アヴィナ様のドレスが赤でなければわたくしも赤を選ぶつもりでしたのに」
「セレスティナ様には華やかな色がお似合いになりますものね」
「ありがとうございます。……そうそう、アヴィナ様にはお伝えしておかなければなりませんわね」
にっこりと笑った彼女は言葉を続けて、
「わたくしも冬の公爵領行きに同行することにいたしました。その際もどうぞよろしく」
さすがに、その言葉にはぴくりと反応せざるを得なかった。
「では、ランベール殿下もご一緒に?」
「いや。いくら温泉地とはいえ着くまでは寒いのだろう? 今回はお前達に任せる」
「かしこまりました。『北の聖女』さまをお出迎えする役割は、わたしやセレスティナにとって、神殿関係者としても特別です。精一杯務めさせていただきます」
既に神官長からあの話は伝わっているはず。
となると、敢えて北の聖女に会うことにしたのにはセレスティナなりの決意があるのだろう。
さて。
俺が二人と話している間にアルエットは婚約者である第三王子と対面しており、
「アルエット、とても綺麗だ。……君をエスコートすると思うと緊張してしまう」
「ありがとうございます、ウィルフレッド様。でも、大丈夫です。私たちにはたくさん、素敵なお手本がありますから」
初々しい二人の会話は聞いていてほっこりする。いや、俺もまだ子供だが。
と、うちの家は第一王子の属する『軍拡派』、第三王子の『保守派』関係なくお付き合いをしていく方針なわけだが。
第一王妃とその子供たち、第二王妃とその子供たちの二者間にはある程度の距離があった。
同じ父を持つとはいえ、同母と異母ではやはり違うもの。
感覚的には親戚の子を相手にするくらいのノリだろうか。
特に妃同士は国王の寵愛を奪い合う同士なわけだからバチバチしていても当然っちゃ当然──。
「アヴィナ・フェニリード」
冷ややかな声が俺の名を呼んだ。
俺が相対する王妃はウィルフレッドの母である第一王妃が多く、彼女と直接顔を合わせる機会はほとんどなかった。
同じ場にはいても挨拶できるタイミングではなかったり。
第二王妃──第一王子と第二王子ほか、正妃である第一王妃よりも多くの子を持つ『軍拡派』の妃は、鋭い目つきで俺をじっと見つめてきた。
「ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。第二王妃殿下にも、この晴れの場にご出席いただき誠に光栄に存じます」
「…………」
ゆっくりと歩み寄って挨拶すれば無言のまま睨みつけられる。
第一王妃はその様子を「あらあら」とばかりに見守っているのだが……いや、これ、もしかしなくても嫌われているやつなのでは?
そりゃ俺は見た目上、保守派筆頭の養女かつ神殿のトップなのだから仕方ないが。
「アヴィナ。王妃殿下をあまり警戒するな」
「テオドールさま」
スーツでぴしっと決めた仮面の王弟──俺の婚約者が仲裁するように傍らに立つ。
耳打ちする素振りがあったので背伸びして聞けば、
「彼女の鉄面皮は誤解を受けやすいのだ。表情は基本的にあてにならん」
仮面付けてる奴が言うことではないな? いや、俺も同じなのでツッコミづらいが。
「王妃殿下も少しは気を緩めて下さい。アヴィナはセレスティナ・アーバーグやフラウ・ヴァルグリーフの友人でもあります。軍拡派と自ら敵対する意思はありません」
「……ああ、そうね。そうだったわね」
ほう、と、吐き出された息にはだいぶ熱がこもっていて。
きついように見えた目つきが気を抜いた拍子に緩むと、扇子に隠されていた口もとも弛緩。
椅子に座ったままなので俺とそれほど目線の高さが変わらない彼女は、どこか気持ち的に上目遣い風にこっちを見つめて、
「……あの、その。どうか、私とも仲良くしてちょうだい」
「ありがたき幸せにございます。こちらこそ、殿下とはもっとお付き合いさせていただきたく」
これは、ひょっとしてあれか?
軍拡派の王妃、正妃をさしおいて男子を二人も産んだ野心家だと思っていたが──緊張するときつい印象が強くなるのと、派閥争いで敵が多いせいで気が抜けないだけで、ご本人は実は気弱な大人しい人、なのか?
そんなんバレたら保守派の過激派につけこまれそうだが。
「言っただろう。殿下は誤解を受けやすいのだ」
「……なるほど」
思えば、第一王子ランベールも我が儘なところはあれど傍若無人ではない。
子供相手にも強く出られないせいでやんちゃに育っただけで、母の人柄もある程度受け継いでいると考えれば。
……ん? 王族たちも別にそこまでいがみあっていないんじゃ?
そもそも第一王妃が「次期国王を第二王妃の子に取られること」を気にしているならもっとあれあれ策を弄しているはず。
そうではなく、ランベールの王位継承を暗に容認しているのは、王妃同士の仲も悪くないからか。
「あの、テオドールさま。派閥同士のいがみあいなど、実はそれほど存在しないのでは?」
「話はそれ程単純ではない。人間関係と思想の対立は別問題だからな」
政治ってほんと面倒くさいな。テオドールが距離を取りたくなる気持ちもよくわかる。




