公爵家の長女アヴィナ -9-
「かしこまりました。では、冬のご旅行の結果をお待ちしております」
ほら、やっぱり。
後日、学園の俺の寮室に三人を招く形で行われた意見交換会にて、義兄──フラムヴェイルは辺境伯令嬢と第四王女の返答に硬直した。
「……あの、その。お待ちいただいてもご期待に添える保証がないのですが」
「承知しております。その上で、待つ、待たないは私たちの自由かと。そうでしょう、フラウ様?」
「ええ。ご安心ください、フラムヴェイル様との縁談にはそれだけの価値がございます」
さらりと言ってのける二人を見て、フランはこっちに視線を送ってくる。
「お二人の意思を尊重してはいかがでしょう? ……女にとって、自分から求婚するというのは勇気のいる行為ですから」
身体能力は妊娠の有無といったハンディもあって、国の中核を担うのは基本的に男の役割。
女は嫁に行って家の中を取り仕切るもの、という考えから、結婚の決定権も男のほうが強い。
だから男はある程度のほほんとしていても結婚できるが、女は待っているだけではいい条件にありつけない。
望む相手を手に入れるためには肉食系になることも必要だ。
なので義兄に対する恋愛感情だけが理由ではないかもだが。
「……かしこまりました。結果が出ましたらすぐにでもお知らせいたします」
「どうぞよろしくお願いいたします」
本当は二人ともついて来たいくらいだったかもしれない。
一緒に温泉旅行なんて距離を詰めるにはもってこいのイベントだ。
ただ、フラウは子グリフォンの世話もあるし、ルクレツィアは王女。簡単には都を離れられない。
「お土産を期待しているわね、アヴィナ」
「もちろんです。我が領地ですので、珍しいものがいろいろと手に入るかと」
ということで、義兄の恋愛事情についてはひとまず第二ラウンドの開幕待ちとなって。
◇ ◇ ◇
あれこれ用事を片付けているうちに、俺とテオドールの婚約記念パーティが迫ってきた。
パーティと簡単に言っても当日出席して終わりではない。
当日着る服を仕立てるのに採寸、仮縫いの試着等々を済ませないといけないし、主役ともなると招待客を覚えたり、挨拶の予行演習をしたりもしておかないといけない。
幸い、主な準備は王家のほうでしてくれたのでそれでもまだ楽なほうで、
「ふむ。君にしては良い出来に仕上がったな」
「お褒めいただいたものと素直に受け止めさせていただきます」
準備が最終段階を迎えた頃、俺たちは出来上がった衣装をお互いに見せ合った。
テオドールは持ち前のすらっとした容姿を活かした黒のスーツ。
これであの美形を晒しでもしたら……ご婦人方が死屍累々となることは想像に難くない。
が、こうして見るとやっぱり男性向けの礼服というのは選ぶのが楽そうだ。
俺があんまり興味ないからそう思うのかもしれないが、ある程度様式がはっきりしているので色や形に大きなバリエーションがない。
王弟殿下もわりとぱぱっとデザインを決めていた印象。
対する俺のほうは第一王妃に養母、俺の三人でああでもないこうでもないと相談をして仕立てた一品。
それぞれに好みもあるのでけっこう時間がかかった。
最終的なデザインは、赤を基調とし肩を大きく開いた形のドレスである。
「不死鳥の羽糸ではないのだな」
「ええ、高級品ではありますけれど普通の糸です。むしろ手に入りづらいのは──」
「縫いこまれた石の方か」
ドレスにはごくごく小さな白い石が散りばめられている。
これは俺が同じサイズに統一して生み出した『神の石』、上位の聖職者にしか生み出せない不壊の物質だ。
表面をつるつるにしてあるので、これが光を反射してきらきらと輝く。
鮮やかな色合いのドレスにアクセントをもたらすと共に神々しさをプラス。
「大聖女としての君の立場と、公爵令嬢の地位、その両方を表しているのだろう?」
「さすがはテオドールさま」
微笑んで答える俺。
実際のところ、発想のベースはスパンコールいっぱいのパーティドレス(日本の庶民の思い浮かべるやつ)だったりするが。
この世界の人間はそんなもの知っているはずがなく。
また、石の配置を調整することで品のあるデザインに仕上がっている。
ここは養母をはじめ、関わった職人が凄腕だったおかげだ。
上半身はかなり身体のラインにそったつくりで、下半身はふわりとスカートを広げて可愛らしさもアピール。
「結婚式ではまた異なる様式が求められますから、まったく別のデザインが必要になりますね」
15、16で迎えることになる式ではもう少し大人っぽいドレスを纏うことになるだろう。
と、テオドールはふっと息を吐き出して。
「君ならばどんなドレスでも似合うだろうな」
「テオドールさまこそ」
顔がいいんだから衣装なんてなんでもいいだろうと言いあう俺たち。
着付けの間「とってもよくお似合いです!」と騒いでいたメアリィもこの時ばかりは口をつぐんでくれている。
「それにしても、胸の部分に余裕をもっておいて正解でした。採寸の時よりも大きくなってしまいましたので」
カップサイズで言うとすでにDに到達、この分だとまだまだ大きくなりそうである。
これに仮面の貴公子殿は大きなため息をつき、
「そういった話は女性だけの場でしてくれないか」
「まあ。婚約者同士なのですから、このくらいは構わないでしょう?」
俺の性格は知っているはずだと見上げれば、仮面が近づいてきて、
「煽った結果、式まで待てないと言われたらどうするつもりだ?」
そりゃまあ、俺だってここからあと3年近く処女とか生殺しだな……とか思ったりはするが。
◇ ◇ ◇
「どう思われますか姉さま」
「私が知るわけないでしょうそんなこと」
久しぶりに古巣──『瑠璃宮』に顔を出したというのに、娼姫ヴィオレは取り付く島もない反応だった。
これに娼姫ロザリーは苦笑して、
「私たちはだいたいみんな、結婚してないか失敗したクチだものね」
「幸い男にも不自由していないわ。あなたと違って」
「姉さま、なんだか棘がありませんか」
ふん、と、顔を背けたヴィオレは吐き捨てるように。
「可愛い妹をあの男に取られると思うと、いろいろと癪なのよ」
「ああ。殿下と姉さまは魔法の腕で競っていらしたようで。あの方も魔力量の差を気にして──」
「気楽な王弟殿下と、宮廷魔術師時代も針の筵だった私じゃ環境が違うでしょう。
それに今は私の方が気楽な生活よ」
「あ、はい」
こっちもめちゃくちゃ対抗意識燃やしてた。
「この分ですと、みなさまわたしの婚約記念パーティには来てくださらないでしょうか。招待状はお送りしたと思うのですが」
「それはね。私もヴィオレもあまり近づきたくない場所だし。中には行きたがってる子もいるけど、娼姫だから」
場違いだと白い目で見られることを考えれば気軽には参加できない。
「行くとしても店主ともう一人くらいじゃないかしら」
「そうですか。……少し寂しいですけれど、仕方ありませんね」
「王弟妃になるんでしょう? そんなことを気にしている場合なのかしら。こっちもあなたのおかげで客が増えて忙しいし」
俺の来歴と一緒に『瑠璃宮』の名前がよく囁かれるので興味を持つ貴族が増えているのだ。
「そのことですけれど。わたしの権力が増したら、貴族社会に戻りたいとお思いになりますか? お抱え魔法使いや護衛として雇うくらいはできると思うのですが」
「あなたはともかく、あの男に傅くとかごめんね」
と言いつつ、ヴィオレは「まあ、一応考えておいてあげる」と返事をくれた。
「ところで、ヴィオレ姉さまは神獣と聖女と魔力の関係について」
「知ってるけど?」
ほんとこの人なんでこんなところで娼婦やってるんだ。




