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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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神の現身? アヴィナ -1-

 神殿は都の中心部東側に位置している。

 西側にある歓楽街からだとけっこう遠い。

 徒歩だと疲れそうだが、『瑠璃宮』に来た神官たちは「修行の一環です」と言っていたが。


 俺たちはそこまで体力ないので普通に馬車である。


 俺、女主人、ロザリー、それから俺のお付きをしている見習い娼姫。

 本人、責任者、護衛役、メイド代役という構成。


「ロザリーお姉さまは神殿に行かれた経験がおありですか?」

「親に連れられて何度か行ったわ。……こう見えて元は貴族のお嬢様だし」

「今でもお姉さまはとてもお美しいです」


 姉は「いい子ね」と俺の髪──は乱れるといけないので頬を撫でてくれた。


「別に普通のところよ。他家や城に招かれた時と大して変わらないわ」

「お城に招かれるのは普通ではないと思うのですけれど」


 到着した馬車を複数名の神官・巫女が出迎えてくれた。

 跪いて礼をされた後、一人の神官がエスコートして馬車から下ろしてくれる。


「ようこそお越しくださいました、アヴィナ様」


 代表して話しかけてきたのはあの、サファイアの瞳の巫女だった。


「この日を心待ちにしておりました。なにしろ、アヴィナ様のお姿を皆に知らしめる日なのですから!」

「あの、どうか落ち着いてくださいませ」

「これは失礼いたしました」


 目がマジな上に言動が強烈すぎて若干怖い。

 恩人だし悪い人ではないのでアレだが、推し(神)に会ったオタク(宗教家)は要注意である。

 ともあれ。


「皆様も、アヴィナ様に同行くださり感謝いたします。それでは、どうぞ中へ」


 神の衣の色と同じ、大きな白い石造りの建物。

 これ自体も奇跡によって形作られたという都の大神殿の中へと、俺たちは足を踏み入れた。




    ◇    ◇    ◇




 神官や巫女に挟まれるように娼婦が練り歩くのは史上初ではなかろうか。

 白い石の床は歩くたびにコツコツと靴音が鳴る。

 中の空気は澄んでおり、どこか『瑠璃宮』の中と共通するものを感じた。


「あれが……?」

「神の現身だと言われている高級娼婦」

「けれど、顔が見えないではありませんか」


 神殿内にも多くの信徒、聖職者がいた。

 彼らのほとんどが俺たち、というか主に俺へと視線を向けてくる。


「アヴィナ様。どうかヴェールをお取りください」

「そうですね、では……」


 顔を隠していた布を取り払うと、一斉に「おぉ」と歓声が上がる。


「これは……なんと美しい」

「神々しさすら感じる。確かに神にそっくりだ」

「白を纏ってくださっているのもありがたい」


 今日の俺は白のチャイナドレスを着ている。

 男爵家所有の仕立て屋に作らせたもの──ではなく、あらためて高級店に依頼したものだ。

 面白がった姉たちが俺のを見本に自分用を仕立て始めたので、ついでにと頼んで作ってもらった。

 基本的なデザインは同じだが、使っている布の質感や刺繍の巧みさが段違い、総合的にはほぼ別物と言っていい豪華なものに仕上がっている。


 ロザリーは「せっかくだから」とお揃いにしたがっていたものの「今日は妹の付き添いでしょう?」と女主人に言われて露出の少ないドレス姿。

 女主人も同様、二人のドレスは普段はほとんど着ない地味なグレーだ。

 お付きの娘はメイド服に近い仕立て。


『どうして灰色のドレスなのかわかるかしら、アヴィナ?』


 馬車内で尋ねられた俺はこう答えた。


『白は神殿にとって大事な色なのでしょう? それを尊重しつつも阿らない意思の表明、でしょうか』

『いい答えね。それだけわかれば十分よ』


 歩く俺たちの両脇に跪く信者たちが並ぶ。

 壮観、というか怖いくらいの構図だが──こうなっているのは信仰だけが原因ではないかもしれない。


 居場所を移すたびに「こいつ誕生日よくわからんな」となるので正確ではないが。

 俺は、つい先日十一歳になった。

 小学六年生並みと言っていい頃合いである。

 ここまで来れば十分に「男」と「女」の違いは明確になる。

 将来的にどのような容姿になるのかもだいぶ予想しやすく、大幅な手違いが起こらない限りいま美少女なら将来的にも美女になる。


 では、俺はどうか。


 ──鏡に映した十一歳のアヴィナは、例えるなら「女神」か「天使」だ。


 転生特典によって整えられた極限の造形美。

 相対するだけで神々しいものを前にしているような錯覚に囚われる。

 重いものなど持ったことがないような手のひら。

 はっきりとした膨らみを備え始めた胸は、将来的にかなりの豊満さを予感させる。


 今の俺ならおそらく多数の貴族が娘として「買い」たがるだろう。


 『瑠璃宮』の客にも俺を見ただけで興奮を露わにする者が目立つようになった。

 中には「上から見下ろしてくれ」という希望のためだけに大枚をはたく者も。


 そろそろ真面目に、ヴェールなしでの散歩は危険だ。

 素顔を気軽に晒せるのは美人揃いの『瑠璃宮』内くらいかもしれない。


「さあ、こちらが祈りの間でございます」


 巫女の声に、俺は思考を引き戻した。

 広い通路の先に、さらに広大な空間が広がっている。


 名前の通り、大勢がいっせいに祈りを捧げられる空間。

 壁には神話を記述した古代文字が彫られ、ところどころに神像が飾られている。

 薄い衣を纏った美女の像。

 石像であるせいか、俺と似ているかと言われると「言うほどか?」となるが。


「ようこそ、アヴィナ様。どうぞ、正面にある大神像もご覧ください」


 祈りの間の奥に、とりわけ威厳ある衣を纏った老人がいた。

 複数人の聖職者が傍に控えているところを見てもただ者ではない。

 女主人やロザリーは迷わずスカートをつまんで一礼、俺も倣おうとするも「どうぞそのままで」と老人自身に制された。

 直後、彼が俺の前に跪き──さすがに周囲からどよめきが起こる。


「大神官様が跪かれた……!」

「ではやはり、あの方が……!」


 大神官。


 ──都の大神殿を束ねる役職。つまりはこの国の神殿における実質的な最高権力者。


 偉いどころの騒ぎではない。

 彼に信仰を示されれば「人を超えた存在だ」とお墨付きをもらったようなものだ。

 息を詰まらせつつ、俺は奥の大神像を見た。

 高さ三メートルはあろうかという巨大な像には、他と異なり宝石がはめ込まれている。

 煌めく青い宝石と目が合うと、不思議な感動が湧き上がった。


 あの色は、確かに俺の瞳と似ているかもしれない。


 神から与えられた限界の美だ、神自身と似通るのも当然と言えば当然。

 僅かな間の後、俺は大神官に視線を戻して、


「どうか、顔をお上げくださいませ」

「勿体ないお言葉」


 顔を上げた大神官はまっすぐに俺を見つめて、


「直接お目にかかり確信いたしました。あなた様はこの国で、いえ地上で最も神に近い存在」


 溢れんばかりの涙を瞳に浮かべた。


「本来であれば『聖女』の位を与えられるべき、いいえ、それ以上のお方でございます」

「そんな、わたしなんて、大したものでは」


 否定しておかなければならない。

 話が大きくなりすぎて『瑠璃宮』の利益どころではない。

 そしてそれ以上に、事態を制御しきれなくなる不安が抑えきれない。


「物心ついた頃のわたしはスラムの浮浪児でした。娼館に拾っていただいたのも偶然で」

「なんと。では、アヴィナ様のお母上は──?」

「最底辺の街娼です。わたしが二歳の時にはもう亡くなっていました」


 ざわめきが再び広がっていく。


「それは」

「おやおや、薄汚い街娼の娘が神の現身とは。大神官様も年波には勝てませぬか」


 大神官がなにかを口にするよりも早く、声がした。

 老いた最高権力者はゆっくりと立ち上がるとそちらを見据えて、


「神官長」

「私には、その者が我らが『聖女』を超える存在とはとても思えませんなあ?」


 神官長と呼ばれた男は多数の神官や巫女を従えていた。

 彼らは、俺が今まで会った聖職者たちと異なり、俺を見ても驚かない。

 それどころか、敵意を込めた視線を送ってくる者さえいた。


 そして、彼らに守られるようにして立ち止まり、俺を見つめる少女は。


「こちらのセレスティナ様に、ご自身で『聖女』位を与えられたのをお忘れか?」

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