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Veil lady ~薄衣姫の革命~  作者: 緑茶わいん
第一章 孤児からの成り上がり
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プロローグ 名もなき浮浪児

 君は、えっちな衣装の女の子は好きだろうか?


 俺は好きだ。

 俺は、えっちな衣装の女の子が大好きだ。


 大人向けの作品もいいし、誰でも触れられる作品のえっちな女の子もいい。

 戦いに不釣り合いなミニスカ生足胸のスリット、最高じゃないか。

 「現実的にはありえない」とか言い出す奴は敵だと思っている。


 死んで神様の前にふわふわ浮かんだ時、これはチャンスだと思った。


 転生先にはファンタジー世界の女の子を希望。

 ポイント割り振り制の特典をすべて可愛くなることにつぎ込んだ。

 全ては、異世界にえっちな衣装を流行らせるため。

 俺は異世界で(えっちな)ファッションリーダーになる!


 心に決めて転生して──物心ついたのがおそらく二歳頃。


 俺は、スラムの片隅で浮浪児をしていた。




    ◇    ◇    ◇




「あうー(まさか二歳でスラムに放り出されるとは)」


 埃っぽい路地裏がそこにあった。

 右を見ても左を見てもさっぱりどこだかわからない。


 前世の記憶があると言っても二歳では脳の処理が追いつかない。

 認識も思考も十分ではなく、俺は普通の子と大差なかった。

 補助する転生特典もあったがぜんぶ無視した。

 生まれにもポイントを振らなかったので親無しでスラムの浮浪児だ。


 相当曖昧だが、病に苦しむ痩せた娘の姿をぼんやり覚えている。

 母は路地裏に敷いた絨毯で客を取る最底辺の娼婦で、おそらくもういない。


「うあー(過酷すぎだろファンタジー世界)」


 いや、地球にもそういうところがないわけじゃない。

 俺の住んでいた国が恵まれていただけ。


 後悔しても仕方ないしこれからどうするか考えることにした。


 論理的思考も難しいのでぼんやりとあれこれ思い浮かべるのがせいぜいだが。

 人が最低限生きていくには食事と水が必要だ。

 腹さえ膨れていれば夜の寒さもまあなんとかなる。


 ──もちろん、都合よくそれが転がっているはずもない。


 ぐうぐう鳴るお腹を抱えてあてもなく歩くと、スラムには珍しい人だかりを見つけた。


 ほのかに漂ってくるいい匂い。


 食べ物だ、と理解した身体がそちらへ向かう。

 が、ふらつく身体は年上のスラム住人に跳ね飛ばされて地面に転がった。

 平和な国ではそうそうない痛みに涙を浮かべると、


「大丈夫ですか?」


 白い衣に身を包んだ女性に手を差し伸べられた。

 彼女は、さっきまで人だかりの中心にいた人物ではなかろうか。


「うー(ありがとうございます)」


 異世界語をほぼ理解できないままに答えて、立ち上がらせてもらう。

 彼女は「良かった」と微笑むと木製の器を差し出してくれた。


 具はほとんど入っていないものの塩味を感じるスープ。

 温かみの残ったそれをひと息に飲み干すと──ほう、という吐息と共に至福の心地に至った。

 俺は、これより美味いものを食べたことがない。


「神はいつもあなたを見守っています。どうか希望を捨てないで」


 捨てる神あれば拾う神あり。

 心から彼女と神に感謝した俺は、


「……嘘ばっかり言いやがって。神様なんていないんだよ」


 近くにいた年上のつぶやきを深く胸に刻んだ。

 意味を理解したのは後に言葉を学んでからだがニュアンスはわかったのだ。

 スラムで生きる子供たちは今日をしのぐ糧を必死に求めている。

 救ってくれるのは神ではなく人、もっと言えば自分自身だ。


 ──この日、俺が出会ったのは聖職者が行う『施し』。


 人にはみな生きる権利があるという理念に基づく慈善活動だ。

 それだけでスラムの住民が生きられるわけはないが、なくなったら死者は確実に増える。

 俺のような弱者は、ありつけなければ死ぬ。


 過酷な環境であることに変わりはなく。

 生きていきたければ他の方法でさらなる糧を探さなければ。


 使えるものがないか考えた俺の脳裏にある光景が浮かんだ。


 目の前を人が通り過ぎるたびに口にする同じ言葉。

 時折、立ち止まった奴がきらきらしたものや食べ物を手渡す。

 なるほどこれだ! と笑顔になって、


「ねえ、あたしを買わない?」


 目についた人間に片っ端から言って回った。

 後に思い出しては「馬鹿か俺は!」と死にたくなる黒歴史の完成である。

 当然、まともに相手してくれる人なんていなかった。


 スラムにいるのは他に行くところのないはぐれ者か、俺みたいに親のいない孤児だ。

 みんな生活に余裕がない。

 年頃なら買う奴もいただろうが、舌足らずな二歳児では「よーし悪戯しちゃうぞー」などという者はさすがにおらず。

 大抵は気味悪がられて逃げられるか、罵声を浴びせられて殴られるか。

 言語の蓄積の少ない俺にはその罵声すらはっきりと意味がわからない。


 それでも、たまに憐れんで食べ物や水を恵んでくれる人がいて。


 成功体験を得た俺は来る日も来る日も「あたしを買わない?」と言い続けた。

 完全に「ごはんください」のノリだ(※黒歴史)。


 そんな俺も、明るい光の差しこむ道の先には近寄らなかった。

 表通りの近くはだめだと本能的に察したからだ。

 ある日、うっかりそちらを目にした時などは見たくもないものを見てしまった。


 道に飛び出してしまった同類が、馬車に撥ねられて「モノ」に変わるところ。

 子供心に「怖い」と感じて、俺は母の残した必勝法に固執した。


 そんな日々を何度か、あるいは何十度か繰り返して。


「ねえ、あたしを買わない?」

「あん?」


 俺は、髭を生やした目つきの悪い中年男に声をかけて。

 振り返ったそいつに、品定めをするように見下ろされた。


「馬鹿。お前が売り物になるんだよ」


 人買いだった。




    ◇    ◇    ◇




 可愛いだけじゃ世の中渡っていけなかったか。

 大人に捕まったらどうしようもない俺は呑気にそんなことを思った。


 人買いの家に運ばれた俺は裸にされ髪と身体を洗われて、


「なんだこいつ、妙に肌が綺麗だな」


 その時はなんのことかわからなかったが。

 確かに俺の肌は衛生的にも栄養的にも劣悪な環境にありながらすべすべで白かった。

 洗われたことでそれが明らかになったのだ。


 何故か?


 今度こそ転生特典の効果だ。

 ポイントをつぎ込んだおかげで、俺の「可愛い」は極力維持される。

 病気にはめったにかからないし、やせ細っても肌質は良いまま。

 傷も人の数倍の速さで治る。


 人買いにそこまではわからなかっただろうが、彼はにやりと笑って、


「これなら、直接娼館に売り払うか」


 例えるなら人買いは猟師で奴隷商人は肉屋だ。

 人買いはたいてい、調達した『商品』を奴隷商人に売って金に換える。

 奴隷商人は買った奴隷をより高い値段で売って金を稼ぐ。

 だけど、人買い自身に伝手があれば直で売られることもある。


 ──数日で、同じ街にある娼館に売り払われた。


 住み込みの風俗店のようなものだ。

 娼婦は場合により幼少期から育てられることもある。

 下働きにも子供を使うが、俺は質が良いから娼婦見習いに回された。


「いいかい? 美人に育ってたくさん客を取っておくれよ?」


 正直、娼館での暮らしは悪くなかった。


 屋根の下で暮らせるし、何日かに一回は湯で身体が洗える。

 三食食べられるし寝る時は毛布にくるまれる。

 客を取るようになればもっと待遇が良くなるし金ももらえるらしい。


 やっぱ可愛いって得だわ。

 俺はあっさりと手のひらを返した。

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