八話.巡る五感と剣の影【レイ(セレスタ)視点】
歩きながら、視線を走らせる。
力もそうだが、五感も常人以上に鋭い。
だから、幼い頃はうるささや匂いで気分が悪くなることもあった。
しかし、案外慣れるもの。
不要なものは五感に入らなくなった。
動き、荷物の重さ。
視線の揺れ。声の裏――どれも些細な変化が危険の兆候になりうる。
ただ、今日はどうしても意識が逸れる。
(……何を考えてるんだか。今日もヘトヘト帰宅になるな)
そのときだった。
風を切る音。直感で身体を捻ったが、脇腹に鋭い痛みが走った。
「ッ……!」
布越しに何かが突き刺さった感覚。
視線を下ろすと、地面に転がる短剣。毒はなさそうだが、しっかり血がにじんでいる。
影が一つ、屋台の影から飛び出す。
敵だ――しかも、訓練された動き。民の中に紛れるように動き、まっすぐこちらに向かってくる。
「レイ!」
カイルに呼ばれる。
(気を取られてた……)
「後ろを頼む!」
痛みを引きずりながら剣を抜き、敵の刃を受ける。
刃と刃がぶつかり合うたび、脇腹に響く痛みが呼吸を浅くする。
相手の攻撃は執拗で、正確。
対してこちらは防御が精一杯だった。
しかも不意打ち。
(だめだ、集中できてない。昨日のことばかり……)
それでも退けない。
背後には市民がいる。
女王の治める国が、ここにある。
「はッ!」
渾身の力で剣を振り、敵の武器を弾き飛ばす。
体勢が崩れたその瞬間、軽く拳を叩き込み、膝で地面へと叩き伏せた。
「……動くな」
敵は呻き、観念したように動きを止めた。