八十二話.君に、炎を捧ぐ
王国の朝はまだ静かだった。
人々が目覚める前。
広大な王城の中庭に、白銀の竜が着地する。
見上げるほど高い門は、竜が通れる造りとなっている。
誰もいない静謐な回廊を、私は彼女と進んだ。
一歩一歩が、長い旅路が終わったかのようで。
辿り着いたのは――謁見の間。
あの日。
唐突に”婚約”を告げた場所。
国花が、金蒼に彩られるのを横目に、まっすぐ歩いていく。
「――ふう」
と、玉座に腰を下ろす。
本当に疲れた。
しかし、普段の公務より達成感がある。
朝日が差し込み、床の白の大理石が金に染まっていく。光に照らされた玉座の前で、セレスタが――竜が、静かに頭を垂れる。
私の前に深く。
深く。
陽に照らされた彼女の身体は白銀に輝いていた。
眩しくて、目を細める。
――綺麗だ。
私が、見つめていると――
その胸から”蒼い焱”が現れた。
触れていいのか迷うくらいの儚げで、強い青。
躊躇していると、くいくいと頭を私の腕に押し付ける。
受け取れというのか。
恐る恐る、その青に手を伸ばし、胸に抱く。
すうっ……とそのまま私の胸の中へ入っていった。
「あったかい」
嬉しそうに頬に擦り寄るセレスタ。
そのまま白銀の鱗に触れると、すっと気持ちよさそうに目を閉じる彼女が、どこまでも愛おしかった。
「……おかえりなさい、セレスタ」
彼女の大きな頭を、そっと撫でる。
まだ人には戻れない。
けれど、それでも――確かに彼女は、ここにいる。
私たちは、確かに、この場所から始まった。




