八十話.幻花散るとき【ヴェラノラ視点】
――キュイイイイ
と、セレスタのブレス攻撃の音で我に返る。
私はすかさず炎の柱を目いっぱい黒い半竜へ攻撃した。
精神的に疲弊してはいたが、まだ炎は燃えてくれる。
私の攻撃は空中でバリストンが受け止めていた。
が、セレスタの攻撃で黒焱の剣が吹っ飛んでいた。
「……ふふ、優しいな俺は焼けないのか?」
大したダメージはなさそうだが、心なしか口調に覇気はない。
バリストンがふわりと地上に降り立つ。
追うようにセレスタが私の隣に降りてきた。
黒焱の剣がなくなり、溶岩の剣を携えている。
――が、剣を握るその手は先ほどの殺意より怯えが滲んでいた。
ドラゴンを操れなかったことへの不安からだろうか。
ダメージは通ってないと思っていたが……ただの強がりか、それとも。
「――レイ、なんで……俺の言うこと、聞かないんだよ……。 “従え”って、言っただろ……俺の……命なんだろ、レイは……!」
「何を戯言を……おまえが勝手に縛っていたのだろう」
「……っ」
やはり随分余裕がなさそうだ。
肩で息をしている。
私が足を引っ張ってしまっている間。
セレスタが頑張っていたのだろう。
……強い子だ。
苦し紛れに、黒い蝶を出現させる。
どうやら魔物の幻影のようだ。
――セレスタの軽い攻撃で、幻は消えた。
そして再びブレスを放つ。
共に私も今ある力を振り絞って、火炎を放つ。
私の炎と共鳴し、空に走る桔梗色。
その輝きが、黒い影をかき消していく。
バリストンは、まだ剣を構えていた。
だがその腕は震え、構えも攻撃のそれではない。
片膝さえもつきかけている。
もはや顔さえ私達――敵に向けてこない。
俯いたまま。
しかし唇が何かを紡ぐ。
音にはもうなっていなかった。
……その震える口許が。
一度だけセレスタと呼んだように見えた。
ただ最後の罰を、正面から受けるために。
そして――
閃光が貫く。
月灯の左目が見開く。
彼の右目に咲いた、薔薇のような“幻の瞳”。
その花弁が、一枚、静かに散った。
ただ、贖罪を乞うように。
見てしまった。
感じてしまった。
もう、逃げられない。
そんな思いだろうか。
崩れかけていた暗示が音を立てて彼の身体ごと溶岩の穴の中へ落ちて。堕ちていった。




