七十九話.記憶に咲く薔薇【ヴェラノラ視点】
……床の大理石が冷たい。
天井の紋様も、なんだか懐かしい。
だが、それらは明らかに”現在の私”が見るには精密すぎた。
これは――過去の記憶が、幻のように再構築された空間だ。
謁見の間。
一人私は座っていた。
――また、幻惑か?
しかし、見慣れた風景。
やけに静かなのは、両親が亡くなってすぐに戴冠した時の……。
”黄金の焱”を受け取ってすぐの記憶だ。
まだ、幼かった。
だが、他国は兄を王にと推していた。
この国の文化をけなそうとして。
この国の魔法が欲しくて。
だからこそ、兄は出て行った。
私のために。
……一人、か。
今思うと懐かしい……。
――が、ここから私は女王としての仮面しか被らなくなった。
寂しかった、のだろうか?
イマイチ覚えてはいない。
一人、耳飾りを撫でる私が見えた。
再び暗転する。
その前に炎を出してみるが、すぐに霧散された
(……――くっ、どうすれば……)
場面は再び謁見の間。
近くの小さな机には数十枚、いや、数千もの書類。
(これは……あの時だ)
婚約申込の手紙。
今思うと、ドラゴン欲しさ、魔法――加護欲しさだろう。
それなら、目の前にいるのは……。
レイ――セレスタ。
伏して、魔物討伐の報告を述べている。
なんだかこの場面さえ、懐かしくて涙が出そうだ。
それでも……この時の私はむなしさしかなかった。
だから、燃やして、燃やし尽くした。
(……私は、私のために選ばれることなど、一度もなかった)
(私の声は、命令になった瞬間から、感情でなくなった)
(誰も、私を人として呼ばない)
それでも。
追い求めていた。
片割れのイヤリングの持ち主を探すことを。
だから、自分で選んでみた。
この子だけは、命令ではなく――
伝えてみたのだ。
『貴様、私の伴侶にならないか?』
同じように「仰せのままに」と聞こえてくるかと思った。
しかし――
あの時とは違う。
目の前の騎士は立ち上がり、自分から私の手を取った。
ふわりと笑うレイ――セレスタ。
陽だまりのように穏やかで。
少しだけ恥ずかしそうに。
幼い頃、助けてくれた時みたいに。
そのまま走り出していく。
真っ黒な世界に、一筋の青い光が差し込んだ。
――ああ。
私だって、あなたが光だった。
眩しさに目を細めたその瞬間、私の周囲にあった“重さ”が、音もなく崩れていくのを感じた。
積み重ねてきた書類も、玉座も、仮面も――
あの空虚だった謁見の間が、ぼろぼろと砕けていく。
まるで、黒い絵の具を一滴ずつ水で洗い流すように
青い光がこの場所を、ゆっくりと浄化していく。
胸の奥で、“何か”が溶けた。
それは悔しさだったのかもしれない。
それとも、ずっと閉じ込めていた、泣きたかった気持ち。
ああ、私は――
本当は、ずっとあの子に名を呼ばれたかっただけなんだ。
そんな想いが、静かに、けれど確かに、私を目覚めさせた。
「こっちです、アッシュ様」
(セレスタ……)




