七十五話.空をかける約束Ⅱ【ヴェラノラ視点】
その風圧で山が――半分、吹き飛んだ。
岩肌がめくれ、熱風が空を裂く。
だがその中心にあった光は、どこか静謐で、残酷なほど“美しかった”。
破壊なのに、祝福のように。
私の身体が、熱と風に呑まれた。
視界が白く染まり、世界の輪郭が溶けていく。
その中で、私は最後に――
青い鱗の感触と、懐かしい風の匂いを感じた。
意識がすうっと沈んだ。
風の音が、近くで耳を撫でる。
ゆるやかで、優しくて、どこか懐かしい――
火山に吹くはずのない、清らかな風。
私は、瞼の裏に温かい光を感じた。
「……ぅ」
重く沈んでいたまぶたを、ゆっくりと開く。
見えたのは、空。
そろそろ夜が明ける。
焦げ茶の岩も、燃える花も、灼熱の地ももうなかった。
広がるのは蒼白の天蓋。
そして、浮かぶ白い雲の尾。
私の頬を撫でたのは、風だけではない。
下に感じる、温もり。
金属ではない。
地でもない。
(――鱗?)
私は、ゆっくりと上体を起こす。
そこは、滑らかでしなやかな青白の鱗に覆われた、大きな背中。
「セレスタ……」
その名を呟いた瞬間、彼女の翼が、大きく羽ばたいた。
綺麗な翼だ。
風が巻き上がり、私は少し身体を揺らす。
透明な胴体。
少々怖くはあったが落ちる心配はなかった。
彼女の背には、微かに炎が流れている。
だがそれは灼熱ではなく、私を傷つけないよう、絶え間なく“抱いてくれている”ような柔らかい熱。
この温度を、私は知っている。
剣を預けた夜、寄り添った朝。
焔とともに、そっと傍にいてくれた、あの時のぬくもりと同じ。
「生きてるのね……本当に、あなたが……」
私は、風に揺られる両耳のイヤリングを撫でた。
青い炎に照らされ、きらりと輝いたそれは――
かつて私の愛しい騎士が、私に返し、見つけてほしいと願った約束の証。
風が頬を打つ。
そして、下の地が、はるか遠くに霞んでいく。
彼女は――私を、最初に会ったルミナリアの方へと降りて行った。
「……わかったわ。あなたと一緒に行く」
私は、背に手をつき、真っ直ぐ前を見据えた。
竜の背に立つ女王として。
そして――あなたを、迎えに行く者として。




