表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/84

七十三話.蒼竜、咆哮と共に抗う【ヴェラノラ視点】


 先手を打って、炎をまき散らす。

 黒い軍服のマントでふわりと避けられる。



「見せる、と言ったのに。大人しく見ることもできないのですか? では、静かにしていてくださいな」



 バリストンは静かに手を上げた。


 空間がざらつく。

 焔とは異なる光が空間に差し込む。


 揺らめく水面――そこに映像が映し出される。



 牢屋だ。


 映された中に見えた仮面をつけた黒衣のレイ。

 仮面の中の瞳は赤く濁っていた。


 恐らくバリストンの視界だ。



「おやめください! 閣下」



 庭園で戦い、捕らえた襲撃者か。

 レイがめきめきと牢屋の檻を捻じ曲げる。



「しくじったのは、君だ。でも俺はレイを刺したことを怒ってるんだけどね」


「も、申し訳……もう一度――チャンスをッ!」



 レイが捻じ曲げた檻に入っていく。

 何を、どうするのか。



「はいはい。ほら、レイ仕返ししてあげなさい」


「……仰せのままに」



 途端。

 彼を殴り、蹴り。

 しばらくすると、レイは止まった。



「あれ、もういいの? じゃあ後は俺が……」



 バリストンの言葉に頷き、後退する。

 自発的に見えるが、そんなことはない。



「……も、申し訳……」


「ああ。赦そう。燃えずに脱出できたらね」



 そう言って黒い炎に焼かれて襲撃者は身動き取れず、「……ッ、かは……」と息さえ苦しそうに。


 見えない何かで縛り、バリストンは燭台の炎を使って彼に火を灯す。


 ゆっくりと焼け死んでいった。






 彼は一度も抗わない。

 ただ、命令されたとおりに息を吐き、目を閉じて従うだけ。その姿が、たまらなく“愛おしい”と目だけで語っている。



「いい子だろう? あ、他のも見たいか?」



 私の膝が、微かに沈む。

 心の奥に、氷の棘が刺さったような痛み。


 ……何度も命令を。汚れ仕事を受け持っていたということか。


 それを知らず……。



「黙れ」



 焔が爆ぜた。

 怒りの炎で映像を焼き払う。




 あっさりと消えていく映像。

 最後に撫でていた様子だけが映されていた。



「……しかし、彼はあなたを選んだ」



 急に苦し気に、苛立ちに満ちて続く。



「私の声に従い、命令で眠り、姿形さえ変えて、わからないようにして。……その彼が、あなたには爪を立てなかった」



 黒い炎が立ち昇る。



「命令を重ねたはずなのに、――私の声を無視した」



 ――来る。


 空間が歪む。

 ふらりと足がよろける。


 精神干渉。幻覚の波が、意識を飲み込む。



 一体の影が私に向かって剣を振るう。



 ゆらりと躱すその影。

 兵士を模したような影。

 剣を持っているらしく、たまに切りかかる。


 影は次第に二つ三つと増えていく。

 炎が集まり、掌に炎の剣が宿る。



「消えろ……!」



 視界に立つ“敵”に向かって、全力の炎を放つ。




 ――だが。

 焼かれたのは――セレスタだった。



「え?」



 妖精のような服と白銀の髪に赤と黒が染まっていく。胸元に深く焼き焦げた痕。


 その唇が、かすかに動く。



『……ごめ……ん』



 ごめんと呟く彼女。

 足元が、赤黒く染まる。



 ――血だ。



 鮮やかな青の花弁の上に、彼女の血が広がっていく。光の灯らない瞳が私を映す。



(いや……いやだ、いやだいやだいやだ……ッ!)



 私の炎が、彼女を殺した?

 この手で……私が?


 ――いや、違う。

 こいつの能力だ。


 頭ではわかっていても、妙に現実的なセレスタ。

 心と体がついてこない。

 膝が崩れる。




 焔が暴れ、制御不能になる。


 何も見えない。自分が誰なのかも、わからない。

 増えていく影に覆われて、手足の感覚がなくなっていく。

 意識さえも。



「セレスタ……ごめん、ごめん……!」



 意識が落ちる。

 倒れる。もう終わりだ――







 そのとき――


 咆哮が聞こえた。

 洞窟全体が、震える。

 焔でも、魔でもない。

 それは、“存在”の音。


 白銀の影が、私の前に降り立つ。


 青い炎を纏う巨大な翼。

 咆哮の余韻を残し、静かに地を踏みしめる竜。



 ――セレスタ。



 彼女は、もう誰にも従っていない。

 命令ではなく、意志でここに来た。





 バリストンが指をぱちんと鳴らす。

 精神干渉、命令、囁き。


 ――すべての術が、竜の前で霧散する。



「――は?」



 バリストンが初めて困惑した表情を見せた。

 彼女は、睨んだ。

 かつて自分を縛った者を。

 瞳に宿ったのは、確かな“拒絶”。



 その目に――もう、迷いはなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ