七十二話.焔はまだ消えていない【ヴェラノラ視点】
白銀の巨躯。
青い焔を纏い、花畑の中心に静かに立つその姿。
あまりにも――荘厳で。
あまりにも、遠かった。
その目は、何も語らない。
けれど、私にはわかる。
そこにいるのは、たしかに“彼女”だ。
名前を呼べば振り向きそうで、そっと触れれば、あのぬくもりが戻ってくる気さえした。
呼んでみようか……。
――いや。
手を伸ばしても炎にはじかれるだけ。
振り向かなかったときの辛さを想うのなら……。
私は立ち上がった。
まだ、やることがある。
彼女がこうなってしまった理由を、私が知らずに終わらせるわけにはいかない。
私が愛した彼女は、こんな姿になるために生まれてきたんじゃない。
だから――
「見てて、セレスタ」
私は、拳を握りしめる。
……怖くないと言えば、嘘になる。
私の手が、あの子に再び届く保証などどこにもない。
けれど、それでも私は進む。
彼女があんな姿になってもなお、私の目を見てくれた――その想いだけが、今の私を支えている。
「あなたを奪った全てを、私が焼く。あなたの焔で――あなた自身を、取り戻す」
私は、青く染まった花畑に背を向けた。
白い竜は、変わらずそこにいた。
ただ静かに風を受け、飛んだり走ったりと楽しそうだ。
たまに口から青い炎を吹いたりしていた。
視線を向けると、その瞳がゆるやかに瞬いた。
ふわりとルミナリアの蒼と共にそのブレスの炎が私を包む。
……温かい。
けれど、ただのぬくもりじゃない。
背中をそっと押されるような――“行け”と伝えてくれる、そんな力強さがあった。
まるであの子の想いが、この炎に宿っているみたいに。
ならば、迷ってはいられない。
私はひとつ、深く息を吸った。
そして、足を踏み出す。
向かう先は、火山の懐――
この地に穿たれた古き洞窟。
古代の者が築き上げたとされる竜と人の疑似的な結婚式場の神殿があったとされる。
といっても、もう今となっては柱しか面影はない。
花の香り、暖かさが遠のき、空気が変わる。
奥へ進むほど増す、重たい圧。
まるで空間そのものが、意思を持っているかのようだ。
けれど、私は止まらなかった。
あの子が傷つけられたこの場所で、傷付けた奴と。
全てに終止符を打つと決めたのだから。
やがて、奥の広間が見えてきた。
まわりは真っ赤な大地の血。
岩壁には魔法陣――封竜の環の逆の魔法陣が二つ。
ほのかに青白く輝いている。
中心には彼がいた。
剣を杖にして佇んでいる。
ノル・バリストン。
宰相の皮を被って、謀反を企てていたとは。
彼は振り返り、私を見ると待っていたかのようにほほ笑んだ。
「また、邪魔ですか? いや、邪魔さえできなかったと見える」
静かな声。
その響きには明確な煽りがあった。
その目には私への憐れみすら浮かんでいる。
「どうでした? 素晴らしかったでしょう? まだ、あるからそのまま特等席で見ていてもらっても構いませんよ?」
私は返事をしなかった。
まだなにかするつもりか?
いや、こいつには言葉ではなくこの手に燃える炎で答えると決めている。
目論見を勝手に喋ってくれるなら多いに越したことはない。
洞窟の天井から、赤い光が差し込む。
すでに終末に向かっていることを示しているようだ。
……私がそんなことをさせない。




