七十一話.蒼に還る【ヴェラノラ視点】
ルミナリアが、風で波打つ。
今やすべてが青に染まっていた。
炎と風が吹きあがる。
火山の斜面に伝う熱が、柔らかくなった気がした。
大地が呼吸を始めるように、地鳴る。
ルミナリアの花々が炎の花弁をまき散らし揺れる。
流れる溶岩は心なしか深い青に見えた。
噴火口の奥から、深い音が響き渡る――
まるで、再び主の帰還を喜んでいるように。
「……っ」
不味い――
レイを見ると、もう抵抗も、痛みもないような穏やかな表情をしていた。
だんだんと身体が光を帯びていく。
青白く、まばゆい光が、包み込んでいった。
「ま、待て! ……そんな……」
私は上半身を起こして彼の肩を持ち、どうにかならないかと抱きしめようとした。
しかし、肩を持つ前に光が私の手を弾いた。
行き場のなくなった手は空に留まったまま。
私の頬に、熱いものが流れる。
血ではないことは確かだ。
頬を伝ったそれが、胸元に落ち、私の炎を揺らした。
涙に濡れた炎が私の代わりにジュと音を立てて消えていく。
レイ――セレスタが、少しだけ笑った気がした。
そして――
目を瞑りたくなるくらい濃ゆくまばゆい青い炎がその身を焦がし、光が爆ぜた。
その風圧で腕を覆う。
焔でも、魔でもない。
純粋な力の奔流。
目を開けていられないほどの輝きが視界を青に染めた。
次の瞬間――
世界が静かになった。
風が止まり、地鳴りも聞こえなくなった。
大地が、息を潜めるように沈黙する。
私はゆっくりと腕を降ろし瞳を開いた。
そこにいた。
純白の鱗。
顔周りはふわふわな羽毛。
胴体は向こう側が見える透明。
そこに小さな青い花が絡まり巻き付いていた。
蛇のような滑らかな曲線。
同時に揺蕩う髭。
――確か、兄がいる東洋に伝わる竜はこれだと見せてもらった絵と同じ。
翼はガラスの破片が飛んでいるところを熱波のような透明な膜があった。
蒼く揺らめく炎を纏いながら。
竜はこのルミナリアの海原にいた。
ここにずっといたような存在感。
ただそこに在るだけで、空気が震える。
――竜とは、これほどまで……。
白く長い尾が花を撫で、足元の青い花々が静かに揺れる。
くるくると回るあの子は少し遊んでいるように見えた。
深い深い。
蒼。
まるで海を閉じ込めたような。
そこに――確かにあの子がいた。
彼女は鳴いた。
地を這い、空を飛ぶような音。
どこか哀しみを含みながらも、神々しいほどに澄んだ。
そんな人知を超えた声。
それに呼応してルミナリアが火柱を立てる。
それだけで、出迎えているということを理解した。
熱が、違う。
この地に染み付いた古い炎が、彼女の存在に共鳴している。
「……ああ」
私は声を漏らした。
感嘆のような。
手の届かない場所に行ってしまったような。
美しい。
どうしようもなく、美しい。
けれど、それは私が愛した彼女とは、もう違う。
人の姿も、声も。
触れた時の温度も――もうここにはない。
あるのは触れがたい荘厳さ。
ただ、その目にわずかに記憶は残っているように感じた。
これは私の願望なのかもしれない。
それが、痛かった。
涙が、またひとすじ流れる。
それでも、私は見続けた。
この喪失を、刻むために。
風が吹いた。
青い花弁が、視界を舞う。
ふと、視線の隅に何かが光った。
私は花とじゃれる竜を横目に、そっと手を伸ばした。
金のイヤリング――その片割れ。
私が贈り、彼女が受け取った。
あの約束の証。
涙に濡れたまま、それを手のひらに包んだ。
「……セレスタ」
声は、もう届かない。
けれど、たしかに私は、呼んだ。
イヤリングを空っぽの耳に嵌める。
――揃ったな。
ただただ空虚な想い。
私は、ただ見上げていた。




