表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/84

六十七話.紫焔、交わる刻【ヴェラノラ視点】



 突然、敵の動きが止まった。


 再び様子を観察していると、彼らは一斉に退いた。

 声もなく、指示もない。

 まるで何かに――呼ばれたかのように。



(……なに?)



 考えられるのは、バリストンの命令。

 だが、撤退の理由は不明だ。

 彼らは全滅も覚悟の上でいたはず。



 しかし、それをこの場で確かめる術はない。



「……」



 国花――ルミナリア。

 そのほぼすべてが、青く染まっていた。



 まるで、ここだけが海になったかのよう。

 耳を打つ溶岩の音すら、潮騒に聞こえる。





 私は静かに息を呑み、視線を向ける。




 ――彼は、まだ横たわっていた。




 風に揺れる白髪。

 閉じられた瞼。

 細く整った指先が、花に触れ、絡み合っている。




「……セレスタ」




 その名を呼んだ瞬間。

 彼の目が、静かに開いた。



 ――目が、違う。



 かつて私を見つめた、あの優しい瞳ではない。

 冷たく、凪いだ湖のように静かで、何も映していない。



 ゆっくりと上体を起こす彼の身体から、鮮やかな青い炎が揺れた。




 焔。




 けれど、私のそれとはまるで異なる。

 蒼く、透き通り、音もなく燃え上がる――静謐の焔。

 その炎が、彼の両手から立ち昇っていた。



「セレスタ……っ」



 私はすぐに炎のマントを翻した。

 いつでも防げるように。

 彼を包み込めるように。




 次の瞬間、視界が弾けた。




 風を裂く音――

 そして、肩に衝撃が走る。



「……ッ!?」



 踏み込みの勢いで、身体が吹き飛びかける。

 我が炎で包んでいたおかげで、体勢を崩さずに済んだ。




 ――が、直後。



 視線の先には、足。



 振り下ろされたそれを、どうにか炎の盾で防いだが、私は後ろへ引きずられた。


(速い……速すぎる)


 身体能力が、人の域を超えている。


(なるべく、傷つけたくない……でも)


 私は焔の槍を生み出し、迎撃に出る。



 放ったそれは、青い炎を纏った拳に軌道を逸らされた。

 空気が震え、ルミナリアが衝撃で花弁を散らす。



「あなたは……本当に、セレスタなの……?」



 彼は答えない。

 ただ、私を見据えるその瞳に――迷いはなかった。



 命令だけをなぞる人形。

 感情の起伏は、一切読み取れない。



 そして――


 再び地を踏み込み、私のもとへ来る。



「……くっ」



 拳と足蹴りの打撃を、マントで薙ぎ払う。

 だが、私の炎は徐々に弱まっていく。




 ――まだ、まだだ。




 再び己を奮い立たせる。

 しかし、ここまでとは。



 バリストン邸での戦いが、まるで嘘のような力。

 レイの中に眠る竜の血が、既にその力を目覚めさせつつある。



「……あなたを、止めなければならないなんて」



 言葉にするたび、心が軋む。



 けれど、私はもう迷わない。

 あの子を、取り戻すために。

 この焔を、使い尽くす。



 私は再び、足を踏み出した。



 再び炎が、舞う。



 彼の青い炎と、私の赤い焔が、空中でぶつかり――

 紫の光を一瞬だけ放ち、爆ぜた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ