六十六話.紅の守護者、眠りを守るⅡ【ヴェラノラ視点】
左から斬りかかってきた男に、私は指をひと突き。
そこに、火が咲いた。
咄嗟に身を引いた敵の頬が、灼けるように裂ける。
「――あの女王、バケモノか……!」
誰かの叫びが響いた。
だが、これが本来の私。
有事――騎士団でも対処しきれない魔物が現れたときにだけ現れる姿。
王の、王族の炎。
竜が古来に吐いた、最も純粋で、最も美しい焔。
私は今、それをすべて解き放っている。
同じ炎を持つ兄――あの人の焔は、さらに上だろう。
けれど今ここにあるのは、私の決意だ。
敵の動きが変わる。
数人がかりで連携を取り、私を包囲するつもりらしい。
あわよくば、セレスタから引き離そうとしている。
水の加護を持つ者が、再び結界を張ろうとする。
封じ込めるつもりか。
だが――
「遅い」
私は腕を振るった。
空が裂ける音。
その直後、敵の頭上から焔の雨が降り注ぐ。
この土地でさえ、私の意のまま。
結界は一瞬で砕かれ、兵たちは悲鳴と共に崩れ落ちた。
残った数人が剣を構えたまま、後退を始める。
「ま、待て……! あの方に近づくなと……!」
「この女を止めろ! 止めなければ……!」
「あの方から……離れろ……!」
焦燥。混乱。そして、恐怖。
それぞれ口に出している。
私を罵倒しているようにも聞こえるが――
遠くで吠える犬の声にしか思えなかった。
むしろ、愛らしいくらいだ。
「守りたいものがあるのなら、かかってきなさい」
掌に、ふたたび炎が灯る。
――炎は、女王を選ばない。
選ばれるのは、“守護の意思”を持つ者。
何を守るか、それを定めた者だけ。
私は、選んだ。
レイを――
セレスタを、守ると。




