六十話.必ずあの手を【ヴェラノラ視点】
闇へと跳び去った彼らの背を、私はただ――見送ることしかできなかった。
言葉も、足も、何ひとつ追いつかない。
この手が届くほどの距離にいたのに――届かなかった。
「っ……」
私は膝をつく。
女王としてあるまじき姿、とは思う。
――けれど。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。
まだ燻る足元に、黒い煤が舞っていた。
それがまるで、私の無力を笑っているかのようだった。
あの子は、抗っていた。
イヤリングを見たあの一瞬、確かに――セレスタがいた。
それでも、私は救えなかった。
……違う。
救いきれなかったのではない。
私は――躊躇ったのだ。
あの子を、もろとも焼き払おうとした。
その時点で、私はもう――選びきれなかった。
「セレスタ……」
呼んでも、返ってくる声はない。
ルミナリアも、いつの間にか赤へと戻っていた。
そのとき。
背後から、重く鋭い足音が響いた。
白銀に身を包んだ者たち――騎士団だ。
爆発音ばかり響かせていた。流石に心配だと思い、待機を無視して駆け付けてくれたのだろう。
「陛下! ヴ、ヴァルディス様?! 大丈夫ですか?」
隊長がヴァルディスに駆け寄る。介抱している者もいた。
さすがに老騎士には、あの衝撃は堪えたはずだ。
けれど、それでも彼は――私の代わりに、現場の指揮をとってくれていた。
「周辺と屋敷、関わった人間を調べろ。文書でも、人でも――何でもいい」
「……はっ!」
騎士たちは一斉に散り、それぞれの任に走り出す。
レイが去る場面を目撃していたらしい者もいたが、皆、動揺を押し殺し、職務に就いた。
その中で、赤い竜騎士が一人、私のもとへと歩み寄り軽く礼をして手を差し伸べてきた。
「……すまんな」
私はその手を借り、ゆっくりと立ち上がった。
竜騎士は、レイが去った方向へと目を向ける。
そして再びこちらを見て、問うた。
「助けに行くの、ですか?」
私よりも、ずいぶんと冷静な声で。
「……ああ」
そう答えはしたものの――
正直、先ほどでさえ無理だったのだ。
果たして今、届くのだろうか。
――それでも。
私の寝室から出るときには外していたはずのイヤリングを、あの子はつけてくれていた。
行かないわけには、いかない。
竜騎士が、励ますように拳を両手で握った。
「絶対、できますよ」
「ふ……おまえのことは、ちらっとレイから聞いている。“めんどうなやつだ”とな」
「ひっどいなあ! ……あ、そうそう! 花束の提案したの、俺なんですよ? どうでした?」
「……レイが、ああいうことをするとは思えなかったが。そうか――おまえか。……悪くなかった」
少しだけ、不安が和らいだ。
レイが言っていた意味も、わかる気がする。
――レイ。
セレスタ……。
――もう、誰にも。
誰ひとり、あの子に触れさせない。
何を懸けてでも――必ず、連れ戻す。
炎を携えるこの手で。
もう一度。
きっと、震えているはずのあの手を――握るために。




