五十九話.あの瞳が私を見た【ヴェラノラ視点】
再びレイを遠くへと押しやったあと。私は、最大限の力を振り絞るようにして、炎を集結させた。
――私は見たのだ。
あの子の想いを。
この戦いの最中、何度も目にした耳元のイヤリング。
しっかりと、つけてくれていた。
まだ、あの場所にいる。
あの子は、まだ戦っている。
あの耳飾りが、何よりの証だ。
「なら、私が――」
胸が熱くなる。
これが集めた炎のせいなのか。
それとも、想いの熱なのか。
この呪縛も、すべて――炎で焼き尽くしてやる。
あの子を縛るものを、すべて消し去る。
私は両手を掲げ、巨大な炎の刃を空へと突き上げる。
風が、追い風となって背を押した。
――ヴァルディスか。
重鎮の加護が加わり、炎の刃はさらに火力を増していく。
そのまま振り下ろす。
狙うはバリストン――セレスタすら包み込むほどの、広域焼却。
……だが。
その一撃が放たれる寸前。
レイが動いた。
放たれる直前まで、彼は私の目前にいたはずだった。
だがその直後――
飛ぶように視界から遁れ、バリストンの前へと立ちはだかった。
爆炎の中心で、黒衣が揺れる。
蒼いルミナリアが混ざり合い、紫に色を変えた。
炎が包み、光が裂ける。
私は、息を呑んだ。
レイが――庇った?
バリストンを、守るように。
「……なんで、……」
頭のどこかでは、自我が抑えられていると理解していた。
それでも、混乱と衝撃が全身を貫いた。
レイは、再び私に向かおうとしていた。
飛びかかり、粉塵が舞い上がる。
その拳が私を穿たんとした、その瞬間。
彼の手が、止まった。
私を見ていた。
耳元の――金のイヤリングを。
一瞬、光が差し込む。
レイの目が見開かれた。
彼の表情が、歪む。
向けられていた手が、こめかみに伸びる。
頭を抱え、呻くように膝をついた。
「――っ、う、あ。……あああっ……!」
痛みに抗うような、苦悶の声が漏れた。
まるで、自我が内側から必死に抗っているかのようだった。
「セレスタ……!」
私は思わず、手を伸ばした。
そのとき――
「……レイ」
低い声が、砂煙の向こうから響く。
「君は、私のものでしょう?」
その言葉が、再びレイを縛った。
彼の苦悶が、すっと静まり返る。
肩の力が抜け、瞳の色が沈んでいく。
――ああ。戻ってしまう。
レイはゆっくりと立ち上がり、バリストンのもとへと歩み寄った。
その腕に手を回す。
彼の身体を――まるで宝石のように。愛する者を守るかのように丁寧に抱き上げた。
「私には、加減してくれるのだな」
喉を鳴らし、小さく笑う。
チラリと、こちらを見やった。
――挑発、なのか……?
バリストンは、レイの腕の中でゆっくりと顔を上げた。
黒い瞳に、陶酔にも似た光が宿っている。
その指先が頬に添えられ――なぞられる。
まるで熱を計るように。
いや、それ以上に、ただ“愛でる”ために。
レイは一言も発さず、ただ静かに彼を抱き続けていた。
その無表情すら――まるで“よく調教された人形”のようだった。
モノ扱いされている、それだけで怒りが湧く。
けれど、それと同じくらいに。
押し潰されるような悔しさが、胸を焼いていた。
レイはバリストンを抱えたまま、踵を返す。
そして、闇の中へ――月の彼方へと、跳んでいった。




