五話.燃える街で揺れる心【レイ(セレスタ)視点】
翌朝。
叔父様に変身の魔法をかけてもらった私は、馬にまたがり、王都の朝をゆっくりと進んでいた。
石畳を踏みしめる蹄の音。
パン屋の香ばしい匂い、行商人の元気な声。
町を行き交う人々の髪は皆燃えるような赤。
そして足元の国花ーールミナリアの赤。
――イグニス王国民の証。
私にはない色。
その色を見るたびに、胸の奥がざわつく。
昨日、玉座の間で響いたあの言葉が今も耳に焼きついて離れない。
――『貴様、私の伴侶にならんか?』
「……っ」
王の言葉は絶対。
ましてやそれが女王・ヴェラノラ・アウレリア・イグニスのものなら、なおさら。
私は騎士だ。
命じられれば、応じるのが当然。
だからこそ、あの瞬間反射のように「仰せのままに」と答えた。
けれど――
あれは本当に、命令だったのだろうか。
それとも……。
考えるだけで、胸が締めつけられる。
恋などではない。
ただ、王としての在り方に、私はどうしようもなく惹かれているだけ。
誰よりも国を思い、強く、美しく、威厳を纏いながらも、どこか寂しげに佇むあの背中に。
私は“選ばれた”のだ。
けれど、それは本当に――私だったのか?
昨日の言葉が、ただの気まぐれではなかったとしたら。
あの赤い瞳が、他でもない私に向けられていたのだとしたら……。
――違う。考えるな。私は騎士だ。
ぐっと手綱を握り直す。
今は職務に集中しなければならない。
この朝の空気――鍛冶屋のカンカンという音、通りの匂い、人々の声。
それこそが、私が守るべき“日常”だ。
けれど、騎士の仮面をかぶったその奥に、もう一つの理由があった。
耳飾り。
自室の箱に仕舞ってある、古びた金のイヤリング。
幼い頃、私を救ってくれた“少年”がくれた、唯一の宝物。
その子に、もう一度会いたい。
その一心で、私は毎朝馬に乗り、王都の道を選ぶ。
この高い視点からなら、いつか再会できるのではないかと――根拠のない希望を抱きながら。
……会いたい。
あの時、私の手を取って走ってくれたあの子に。
赤い波の中、今日もまた耳飾りを探す視線を送る。
まだ、見つからない。
けれど、あきらめない。
女王が命じた国を。
この日常を。
私は、誰よりも大切に思っているから。
たとえ、それがどれだけ矛盾していようとも。
セレスタちゃんは、馬鹿力と別に五感も鋭い。
鎧は多分とんでもない耐久テストを無事にクリアしたものだと思います。ただし、よく壊す。