五十八話.夢を閉ざす月の夜Ⅲ【ヴェラノラ視点】
ヴァルディスは衝撃で辛そうだ。
流石にこれ以上懐刀を駆使したくはない。
次の瞬間、レイの姿が掻き消えた。
風が、裂けた。
音が後を追うほどの速度。
彼は、一直線にこちらへと飛び掛かってきた。
私は刀を持ち、炎を纏う防御の体制を取る。
……決してレイを、セレスタを傷つけたいわけではないから。けれど、守るためには――戦わねばならない
私は炎を周りに敷いた。
攻撃を感知したら防御できるように。
向こうには炎なんて効かないだろうが、目くらまし程度になると期待して。
甲高い金属音。
レイは拳。
打撃、打撃――。
レイからの攻撃を受けるしかない。
何度も受け止めたはずの刀身が、大きくしなった。
衝撃に足が滑り、私は数歩、後退させられる。
「……っ!」
ヴァルディスがゆっくり起き上がるのが端に見えた。
驚いている様子だ。
(ヴァルディスの時以上なのだろうな)
「休んでおれ、援護を頼む」
私はどうにかレイを刀を振り、炎と共に投げ出す。
うまく身を翻し、体制を整え、再び駆けだしてきた。
黒衣が舞う。
拳だけでこれだ。
容赦なく打ち込んでくる。
どうにか連撃を耐えた。
そして鍔迫り合い鍔迫り合いになった時――。
「……セレスタ」
私は呼んだ。
けれど、彼は応じない。
名前さえ届かないように。
それならば、と今の姿で呼んでみる。
「レイ」
それでも反応は示さない。
しかし私は、見た。
耳元に輝くものを。
見間違いではないはず。
彼の、彼女の叫びを。
もう一度、と呼ぶ前に彼は鋭く跳躍してしまった。
咄嗟に炎の盾を展開する。
上からの蹴りを入れてきた。
随分重い。
突き破ろうとしてくる。
私は更に二重にして、衝撃波として彼を後ろに飛ばした。
息が乱れる。
攻撃の威力、速度――すべてが速い。
私の視覚だけでは追いきれない。
攻撃感知の炎が無ければ、私は既に地に伏していただろう。
「セレスタ……お願い。やめて……」
私は仮面を捨てた。
王の声ではなく。ヴェラノラとして叫んだ。
それでも、彼は止まらない。
無言のまま、次の一撃を振り下ろす。
その手が、指がかつて私に触れてくれた手と、同じものだとは思えなかった。
冷たく、鋭く動く彼の攻撃。
私は必死に炎で遮る。
――お願い、戻ってきて。
その願いは届かなかった。




