五十七話.夢を閉ざす月の夜Ⅱ【ヴェラノラ視点】
その瞬間、月明りに照らされた彼の瞳が影で黒く染まる。
そして――
空気が歪んだ。
風が吹き抜ける音が、耳の奥で捻じ曲がる。
庭園のルミナリアがふわりと青い炎のような花弁を広げる。
黒い衝撃が横から叩きつけられた。
ヴァルディスが剣を用い咄嗟に庇い、私の前に出る。
その衝撃波はヴァルディスを吹っ飛ばし、門の柵に叩きつけた。
「ヴァルディス――……!」
ふわりと舞う青い花弁と共に現れた、一人の影。
――レイ。
だが、その姿は私の知っている騎士ではなかった。
白銀の鎧――いや、平時の姿はどこにもない。
代わりに、漆黒の服を身に纏っていた。身体にぴったりと馴染んだ、戦闘に特化した服装。
引き締まった体つきはまるで彫刻の様で、いつも以上に美しさを誇っていた。
しかし、装飾も、感情もない。
まるで戦うためだけに作られた、人形。
その目は――虚ろでなにも映していない薄紅の瞳。
本来の彼女の色ではない。
私にはわかっていた。
彼女の本当の瞳の色は――青。
昔手を取った時の、……空色だ。
ずっとずっとこうして精神干渉下にかけられていたのか……。
そう思うと憤怒が炎のように湧き上がる。
ヴァルディスが吹き飛ばされた直後、レイはふわりと後退した。
月の元に。
闇と光の狭間で、彼の影が淡く揺れる。
その膝が、静かに屈された。
バリストンは彼に歩み寄り、かがみ込む。
「――行っておいで、レイ」
囁くような声が、夜の静寂に溶ける。
バリストンの手が、彼の頬を撫でる。
指先が輪郭をなぞり、顎を持ち上げる仕草は、まるで壊れ物を愛でる手つきだった。
私は、歯を食いしばった。
私の大切な騎士が――まるで人形のように扱われている。
「――仰せのままに」
その返答は、あまりにも冷たく。
感情のこもらぬ、機械仕掛けの声のようだった。
レイは静かに応じ、バリストンから離れて、一歩前へと踏み出した。
気配が変わった。
さっきまで虚ろだった眼に、鋭さが宿る。
命令を遂行するためだけに研ぎ澄まされた刃のような、危うい輝き。
やはりあの言葉がトリガーの役割を担っていたのか。
――来る。




