五十三話.やさしさの檻【セレスタ視点】
甘い、甘い時間を過ごして――
陛下は執務へと戻っていった。
――「気負わず、ゆっくり休め」
そう一言だけ残して。
(うーー、やっぱりずるい……)
再び寝台に横になる。
身体はもう、だいぶ動かせるようになっていた。
「運ばれてきたときより、強い干渉は抜けました。ただ、まだ完全には……。かなり深く、長期的なものでして」
「え……」
「大丈夫ですよ。時間はかかりますが、少しずつ、ちゃんと抜けていきます」
そう言いながら、医務官が私の頭を撫でてくれた。
陛下とは少し違う、ささくれた厚みのある手に、不思議と安心させられる。
けれど――
(……まだ、私は操られる可能性があるってこと、なんだよね)
背中に、冷たいものが走る。
自覚がないまま、誰かを……。
「レイ、いや。セレスタ」
柔らかな声に振り返ると、陛下がいた。
医務官は「邪魔者は退散します」とでも言いたげに、にこにこと笑って部屋を出ていく。
見慣れない、薄手の部屋着。
金糸の刺繍が施された上質なナイトローブ。
豊かな胸元も強調されていて――
(へ、へいか……えっち……)
朧げなルミナリアの灯りが、その姿をより神聖に見せてくる。
「もう遅い。今日は……いや、今日“も”か。安心して眠りなさい。心も、まだ休まってはいないだろう」
「ふ、ふぁい……」
思わず布団で顔を隠す。
けれどすぐに、その布団をするりと剥がされてしまった。
「へ?」
次の瞬間、柔らかなぬくもりがすぐ隣に。
すべり込んできた陛下の肢体。
信じられないほど近くにある、綺麗なデコルテ。
(こ、こ、これはまさか……そ、添い寝……!?)
「ここにいれば、何があってもすぐに気づける。……安心してくれ」
低く、穏やかな声が耳を包む。
その腕が、私をやさしく抱きしめる。
昔の“少年”の手ではない。
今の彼女――
“女王”として。けれど“ヴェラノラ”という一人の人として、私に触れてくれる。
(ち、近い……どうしよう!)
「し、失礼だと思いますが……寝られる気がしませんっ!」
目をぎゅっと閉じて言うと、陛下はくすっと笑った。
その息づかいすら感じるほど、すぐ傍にある。
(し、死んじゃう……)
「なら、目を閉じるだけでもいい」
そう言って、背中をそっと撫でてくれる。
その手のぬくもりに、また涙がこぼれそうになる。
(……このまま、時間が止まればいいのに)
ほんの少し、心の中で甘えてしまう。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、これまでの記憶と、この一瞬のやさしさ。
私は、深く、深く、眠りへと落ちていった。




