表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/84

五十二話.焱に刻まれし誓い【ヴェラノラ視点】


「ふざけた真似を……」



 低く、かすれた声が漏れる。

 炎が燻り、ヴァルディスがあわてて書類を引く。



「……すまん」



 女王の仮面の裏で、私は――ヴェラノラとしての私が、怒りと悲しみに震えていた。


 彼女は、自分の力を恐れていた。

 触れれば壊してしまうと。

 誰にも近づこうとせず、物にすら――。


 それなのに、誰かの手で、力を暴かれようとしている。



「それが、あの子の本意ではないことは……わかっている」



 炎を愛したあの子が、別のものに呑まれるなど、許せない。



「さらに……竜化には、その力を“捧げる者”が必要とのことです」


「……十中八九、バリストンだろうな」


「……ええ。ただし、その力は“誰でもよい”ようです」


「な、なんだと?」



 ヴァルディスによれば、我が炎も、彼の風も――


 “魔法”ではなく、竜より授かった“加護”だという。



 ならば、“封竜の環”とは、加護を返還するための術式か?

 胸と地、どちらも魔法陣を置く意味も分からんが……。

 思い出す、帝国の外交官が“魔法”を欲していた姿。



「それと、もう一つ気になる点が」


「……?」



 ヴァルディスが一枚の書簡を抜き、私に見せる。



「セレスタ嬢――レイ殿は、一部の魔法……加護が全く効かなかったとの記録があります」


「魔法……加護が……?」



 そういえば、私の炎に包まれた時も、火傷一つなかった――。



「加護のすべてが、です」


「……では、なぜ変身や、意識喪失などが起きた?」


「医務官の診立てでは、加護も“段階的に”かけられると身体が慣れ、定着してしまうとのこと。セレスタ嬢の状態は、完全には解けていないようで……。異常な力は、バリストン家に伝わる“竜の先祖返り”ではないかと」


「つまり、変身の加護の中に、精神干渉の要素が組み込まれていたと」



 頷くヴァルディス。



「言葉、物、音など――絶対服従の“トリガー”も必要かと」



 私は息をのむ。




 ――言葉。


 “仰せのままに”。

 あの子が口にしていた、あの言葉……。




 そうだ。

 私の願いも“命令”と認識されていた節がある。

 婚約さえも。




 それでも、今の彼女の表情は――あの愛らしい姿は、偽りではなかった。



 抑え込まれていても、あの子は探していた。

 希望を。

 イヤリングの主を。



 竜の因子を宿し、加護を焼き切るほどの力を持ちながら、同時にとても無防備で――。




 繰り返し刷り込まれた加護には、強靭な精神すら抗えないこともあるのだ。

 自然と拳が握りしめられる。



 怒りをなだめるように、無作為に書簡をめくる。


 古文書、失われた知識。

 文献だけが、その痕跡をとどめている。

 否、言い伝えられていないこともあるかもしれない。


 寂しさすら覚える。




 イグニスの民――赤髪の者には、生まれながらに微かな加護が宿る。

 ……一つ、気になることがある。



「……待て。私も、あの子と同じように竜化するのか?」


「いえ。研究者によれば――」



 言いかけて、ヴァルディスが口をつぐむ。

 促すように、私はうなずく。



「……王族。すなわち、アッシュ様のご先祖は――竜を“愛し”、そして“愛された”のだそうです」


「……愛?」


「はい。竜は人に恋をし、“封竜の環”を用いて人の姿となった……と」




 思わず、眉が上がる。

 なんとも、夢物語めいている。



「ですが、人側――つまり初代女王は、その思いを拒みました。他の人と子を成した後も、竜は怒りも悲しみも見せず、ただ……」



 ヴァルディスは静かに目を伏せた。



「……“どうかこの人を守ってほしい”と、願って――。加護とはまた別に、“炎”を遺したそうです。黄金の焱を」


「……黄金の焱」


「それが、王族に受け継がれているのではないかと……」


「なるほど……」



 呆れるやら、感心するやら――


 それでも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 ずいぶんと、ロマンチックなことをしたものだ。


 我が先祖ながら、敬意を表したくなる。



 ――加護か。



 手に、そっと炎を灯してみる。


 燃えゆくその光が、今はただ、美しく見えた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ