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五十一話.竜に捧ぐ、真実の火【ヴェラノラ視点】


 ペンを片手に。

 肘を机に立て、額を支える。

 きらりと陽の光に当たったイヤリングが反射して、どうしても存在を強調してくる。



 ――ああ。

 愛い。

 愛らしいこと。



 レイという仮面の下に、あんな小動物のような娘が隠れていたとは。



 今ごろ、彼女は医務官の検査中。

 その後は、ゆっくり休むことになるだろう。


 対して私は、残念ながら執務室で山積みの報告書と格闘中だ。


 にもかかわらず、どうしても口元が緩む。

 頬が熱を持ち、気が抜ければ、にやけてしまいそうになる。



(いかんな。女王としての威厳を保たねば……)



 背筋を正し、ペンを握り直す。



「コホン」


「!」



 そういえば、ヴァルディスが今日は報告がどうのと言っていた。

 完全に存在を忘れていたな。


 ふう、と息をつく。



「……それで、調査は?」


「医務官や他の魔術官とも協力して調べ、いくつかの報告を持ち帰っております」



 険しい顔をしているのに、どこかしら微笑ましげでもある。

 まったく……人のことは言えぬか。



「バリストンは?」


「どうやら、“不審者にセレスタ嬢が攫われた”などという真偽不明の噂が流れておりますな。……本人は変わらず執務中です」


「皮の面が厚い男だ」



 あの晩餐会に、ヤツの影響下の者が多数集っていたのだとすれば納得がいく。



「報告を聞こう」


「少々長くなりますが……」


「構わんよ」



 何が出てくるやら。

 先に言葉を出す前に、どさりと分厚い文書の束を差し出された。

 古語で書かれたものがほとんど。

 紙の端は茶色く変色し、中には保護材に包まれた竹簡まで含まれていた。



「王宮の書庫では不足し、古い貴族の屋敷を数軒回りました。私はある邸宅の納屋で、魔法陣のようなものを発見しました。医務官によれば、セレスタ嬢の胸にも似た紋様があるとのことで……”封竜の環”というものに該当するかと」


「……どうした?」


「それに関する正式な記録は、ほとんど残っておりませんでした。ただ、詩文のようなものにのみ、それらしき記述がありました」


「詩文?」


「はい。『竜は愛を知り、人となる』――と。その儀式に関する表現が、魔法陣と胸の紋に酷似しておりまして」



 机に肘をつき、顎を乗せる。


 ――意味としては、美しい。

 しかし。



 あの男が、そんな儀式を行うとは思えない。

 手を汚さず、国を転覆させようとする性格。

 その上、私の片割れのイヤリングを持つあの儚き白百合を――駒として使うとは。



「あの魔法陣を実際に見たのは、おまえだけだな?」


「ええ。しかし、こうして詩と絵柄を照らし合わせる限り……確かに類似しています。が、違和感もありました」


「違和感?」


「この古書の持ち主である研究者に相談したところ……“逆”ではないか、と」


「逆……?」


「むろん、伝承なので不確かではないのは確かですが……」



 言葉の歯切れが悪い。

 だが、私にも察しがついた。



 ――『竜が愛を知り、人となる』

 すなわち竜を封じ、人の姿へと変える儀式――。



 ならば逆は。



「竜を解き放つための環、だと」


「……」



 やはり、そうか。

 炎を抑えるのではなく、燃え上がらせるためのもの。

 あの子を、竜へと変えるつもりか。



「つまり、晩餐会の目的は――ドラゴンを再び、この地に呼び戻すことだったと」


「アッシュ様がご出席と知らなかった様子でしたが……」


「ああ」


「であれば、“ついでに”殺してしまおうという意図もあったかと」



 ……あのワインか。


 それともレイが一瞬私の首に手をかけたのはそういう暗示もいれてあったのか。

 私を失脚させ、あわよくば世界そのものを手中に収めようという目論見――。


 言葉にした途端、怒りが滲んだ。


 彼女が、使われた。

 誰よりも強く、純粋で、誰かのために剣を振ろうとした騎士が。

 あんなにも、私を大切に想ってくれた子が。


 指先が震えていたこと。

 唇をかみ締めていたことも。

 私は見逃さなかった。

 あの子は、救いを求めていた。



 ――助けてと、確かに。



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