四十九話.わたしを呼ぶ声が、光だった【セレスタ視点】
世界の輪郭が、霞のむこうにぼやけていた。
――セレスタ。
……誰か呼んでる。
懐かしい。
あったかい。
柔らかいシーツの感触と共に目が覚めた。
陽の差し込む窓辺。
馴染みのない天蓋つきの寝台。
私はゆっくり瞬きを繰り返す。
頭の奥がずきずき重い。
……自室じゃない。
(ここは……どこ?)
身体を起こそうとした瞬間。
こめかみに走る鈍い痛み。
眉をしかめた。
身体が重い。
疲れたな。
ぱふ、とまたベッドに埋もれる。
夢と現が曖昧で。
黒くて長く深い霧を彷徨ってたような感覚が残っている。
「あ……目を覚まされましたか」
気配に気づき、顔だけ向く。
見慣れない中年の女性。
淡いローブを纏い、手には水晶。
ふわりと手元から白い光を放っていた。
「医務官です。陛下のご命令で、あなたの精神状態と身体の状態、魔力の流れを確認しておりました。ご安心ください。ほどんど影響は抜けています」
影響……?
その言葉に、胸の奥がぞわりとした。
(私は……?)
喉元に、冷たい指先が通った感じ。
忘れようとしても、どこか焼き付いたような光景が、断片的に浮かぶ。
(何をしたの?)
「入るぞ」
一言添えて、扉が開いた。
同時に医務官さんは退出していった。
聞き覚えがありすぎる声。
入ってきたのはあの人。
金と紅の、荘厳な服装。
男装だと見間違えるくらいかっこいい。
――でも、どこか優しげで、窓から漏れる光をそのまま纏ったような笑みをたたえる陛下。
「ぁ……、陛下」
声が上擦った。
その後を続けようとした。
しかし無理で、布団の端を掴み、口元まで持っていく。
代わりに陛下が口を開いた。
「起きたか、……レイ」
その名を呼ばれた時。
胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
――もう、バレてる。
ベッドサイドのテーブルをみると、きらりとひかるイヤリング。
陛下はつけてるから、私の……。
陛下には秘密にしたかった。
けれど、心の中では手を差し伸べてほしかった。
そうだ。
あの昼、食べた後必死に自室に行って……。
秘密にしたいけど、見つけてほしい、助けてほしい……。
そんな矛盾を抱えたまま、私はイヤリングをつけた。
その後は?
思い出そうとする。
けれど――ぼんやりとしてる。
誰かに手を取られて……。
煌びやかな宴。
蒼のルミナリア。
なにをしたんだろ。
なにもしなかったのかもしれない。
でも、秘密は全部バレた。
何を伝えればいいかわからず、けれど胸の奥からあふれる想いは止められなかった。
「ご、ごめんなさい……! そのっ」
そもそもこの姿では――はじめまして、だ。
どう切り出せばいいのだろう。
ただただ霞んだ頭では謝罪しか思いつかなくて。
私は言葉を絞り出すように、もっと布団をかぶせた。
「嘘ついてごめんなさい……、レイと偽ってごめんなさいっ」
肩が震える。
溢れ出した涙が頬を濡らす。
言葉にならない想い。
喉を引くつかせ、詰まらせる。
ただただ、布団をかぶって震えるように泣いた。
陛下がそばに座るのが、ベッドの軋みでわかった。
それでも私は布団を握りしめたまま。
唯一出ている頭部を撫でてくれた。
白絹の細い髪が絡まるのがわかる。
私はそのあったかい手にうっとりと目を瞑る。
そのまま手は下へと移動して。
布団をずらす。
私のぐちゃぐちゃな顔が露になるも、陛下は優しく涙で頬に張り付いた髪を解く。
そして頬を撫でて、目を撫でるように涙をふく。
その指先が暖かくて、優しくて、また私は布団を被った。
「……――ふぐぅ……、ぐすっ」
「ふふ……、泣かなくて良い。無事でよかった……レイ」
凛とした声が、とてもやさしく頭に、身体に響く。
叱責でも、追及でもない。
ただただ名前を呼んでくれた声に涙が止まらない。
「わ、わたし……! あなたのそばに、いたい……ですっ」
はじめて心からの言葉を吐き出した。
レイとして。
セレスタとして。
本当の気持ちを。
「隣にいたいのです……っ、どんな姿でも、何も残っていなくても……」
抱きしめてほしかった。
認めてほしかった。
愛される価値が、自分にもあるのだと――その証が、欲しかった。
そっと布団を降ろすと、陛下のくれないの瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
まるで、迷いなく「その言葉」を受け止めると告げるかのように。




