四十八話.ルミナリアの夜、君を奪う【ヴェラノラ視点】
バリストンが離れていった後、私は恐る恐る呼びかけた。
「レ、レイ……?」
けれど、ぴくりとも反応しない。
私を見ているようで見ていない。
(ああ……)
この異様な空気の中。私まで胸が重くなる。
堪えきれず、レイの腕を取ってバルコニーへと逃げた。
夜風が、少しだけ、正気を取り戻させてくれる。
白く揺れるカーテンの向こうに、まだ異様な宴の気配を感じながら――
私はそっと彼を見た。
レイも抵抗はしなかった。
ただ、従うように静かに。
(違う……こんな従順さが欲しかったわけじゃない)
手すりにもたれて息を整える。
バルコニーの下はまるで海。
波のように青く揺れるルミナリア。
やもすれば、潮騒さえ聞こえて来そうだ。
あの子は、どうしてここに立っているのか――。
「レイ……」
そっと頬に触れる。
熱を持った皮膚が、まだ生きていることだけを教えてくれる。
「……今日も、イヤリングをつけたのだぞ。おまえと同じ、な」
小さく囁きながら、その耳元を撫でる。
懐かしい記憶が胸を満たす。
それでも――今の彼からは、何の答えもない。
思わず、私は風にまぎれて笑った。
愛おしくて、切なくて泣きたくなるほど。
「ふふ……また、いい顔を見せるおまえが、私は好きだったのだがな」
その言葉は侘しく夜風に攫われる。
バルコニーの柵に凭れる。
気配がしたと思い、振り返る――
その瞬間。
私の首に手が宛がわれた。
震える手。
誰かが操っているのが見て取れる。
正直このままその手で終わるのも悪くないと思ってしまった。
「……?」
しかし、それはすぐ解けられた。
代わりにレイが――胸を押さえていた。
ふらりとよろけると、蒼い炎がふわりと彼女を包み込む。
「レイ……っ!」
青白い光の中で、彼は別の姿へと変わっていく。
ふわりと広がる白い髪、差し色の蒼。
露わになった肌。
切なげな表情。
そして、まだ焦点の合わない泣きそうな瞳。
(……女の子だ)
記憶と現実が静かに重なり合う。
あの時、助けてくれたあの子。
私が探していたたった一人の少年、だと思っていた子。
やはり、レイだったのか。
(――これが秘密、だったのか……?)
涙がにじみそうになるのを堪えながら、私は彼女をそっと抱きしめた。
「大丈夫だ。私が、ここにいる」
呟くと彼女は小さく、私の肩に顔を押し当てた。
震える身体を私の炎でそっと包み込む。
(おまえが望むなら――私は、どこへだって連れて行ってやる)
そう誓いながら、私は彼女を抱き上げた。
駆け落ちするかのように。
青いルミナリアの海へ向かって、飛び降りる。
忠義の風が私たちを拾い、風に乗せて王城へと帰還した。




