四十七話.黒の下に咲く花【ヴァルディス視点】
バリストン邸の門前は、表向きには華やかで整然としていた。
だが――私は馬車内で静かに思う。
(……どこか、張りつめている)
劇の舞台装置のような、整いすぎた違和感。
参加者たちでさえ、まるで何かを”観にきた”かのような表情をしている。
本来、晩餐会に抱くべき浮き立つ気配はなかった。
そんな異様な空気の中、アッシュ様――ヴェラノラは、期待に満ちた面持ちで邸内へと消えた。
(……あの笑顔を、私は、守れなければならない)
兄である雷公に、先祖たちに、顔向けできぬ。
最後にもう一度だけ、と入場を求めた。
しかし。
「申し訳ありません、ヴァルディス様。やはり招待状のない方は……」
黒衣の私兵が、丁寧に、だが断固たる態度で道を塞ぐ。
私は声を荒らげはしなかったが、眼光に殺気を宿し、睨みつけた。
「宰相殿の屋敷で、陛下お一人を通すと?」
一瞬、私兵の表情が揺れた。
しかしすぐに立て直すあたり、流石に鍛えられている。
「左宰相様のご意向でございます。万が一にも、無用な混乱を避けるため……と」
(混乱?……何を、隠そうというのだ)
喉まで出かけた言葉を呑み込む。
ここで強行すれば、逆に陛下の立場を危うくする。
「……承知した。だが、何かあればあの馬車まで使者を回せ」
そう言い残し、私は静かに門を離れた。
――もちろん、引き下がるつもりはなかった。
黒衣たちの監視の死角を辿り、庭園へ潜る。
蒼と白のルミナリアを掻き分け、城壁沿いに進むと――
(……あった)
柵の隙間。
まるで誰かが故意に歪めたかのように、人一人が通れるだけの穴。
そこから侵入する。
庭の奥。
恋人たちが密やかに語らう小道を抜け、裏手の物置小屋にたどり着く。
そこだけ、妙に私兵が多い。
五人もいる。
(門前より、厳重……?)
違和感は確信へ変わる。
私は風の魔法を纏い、音も気配も消した。
後ろから、一人、また一人――静かに、確実に無力化していく。
見つからないまま、残るは小屋内部。
そっと扉を開けると、即座に地下への階段が現れた。
(……ここが、肝か)
黒いルミナリアが、ぼんやりと足元を照らす。
――黒。
ぞわり、と背筋を冷たいものが這った。
武人の勘ではない。
もっと原初的な本能が、警鐘を鳴らしている。
(不吉だ)
踏み出そうとした足が、一瞬だけ竦む。
この場に在るだけで、穢れに侵されるような錯覚さえ覚える。
それでも――
私は手を握りしめ、強引に足を進めた。
地下を降りると、一本道の先に、青白い光が漏れていた。
そこには二人の警護。
私は気配を消したまま接近し、振り向いた私兵の後頭部を殴り、もう一人は魔力で締め落とした。
完璧な制圧。
そして――目にした。
「……っ」
朧げに光る、魔法陣。
二つ。
それ以外には、何もない。
(これは……何をするつもりなのだ)
魔法に詳しくない私にも、ただならぬものだと分かる。
バリアとしての機能ではないことは確か。
そもそも魔法陣など数は少ない。
形を頭に叩き込み、記憶する。
(必ず……後で、調べる)
流石にこんなところで悠長に調べることはできないだろう。
いつ、他の私兵が来るかわからん。
早々に退却した。
再び、屋敷の庭へと戻る。
ルミナリアの茂みに身を潜めたその時だった。
バルコニーに、見慣れた白いドレスの少女――アッシュ様が姿を現す。
そして、その隣に寄り添う黒衣の騎士。
(……あれは?)
私は拳を強く握り締めた。
(急がねば)
異変は、すぐそこまで迫っていた。




