四十六話.空白、妖紅の宴にて【ヴェラノラ視点】
赤翼の晩餐会。
その会場に一歩踏み入れた瞬間、私は空気に圧倒された。
赤を基調とした壮麗なホール。
壁際に咲くルミナリアはすべて、青。
天井から吊るされた水晶のシャンデリアが光を砕き、星空のように降り注いでいる。
「おや、陛下? ……ようこそ晩餐会へ」
並ぶ令嬢や貴族たち。
彼らの表情は――笑顔でありながら、どこか歪んでいた。
作り笑い。
張り付いたような敬意。
そして、目が、笑っていない。
基本はバリストン配下の賛同者たちで占められている。
黒い噂の絶えない者たち。
(……ヴァルディスの警戒は、正しかったか)
華やかな音楽の中、どこかに沈んだ沈黙が混じっている。
誰もが何かを隠している気配。
私は女王の仮面を崩さず、ホール内へ視線を走らせた。
(レイは――どこに)
探す。
しかし、いない。
本来ならば、迎えに来てくれるはずなのに。
それとも、恥ずかしがっているのか……?
胸の内に、微かな痛みが走った。
(あの子が、私に背を向けるはずが――)
思いを断ち切るように、配膳係に手を伸ばす。
「ワインを」
受け取ったグラスの曲線は美しかった。
けれど、口をつける気にはなれない。
(違う。……何かがおかしい)
場の空気。
貴族たちの視線。
乾いた祝福。
(まるで、私だけが違うものを見ているようだ)
不安が喉元を押し上げる。
そのとき――
会場奥から、二つの足音が響いた。
振り返る。
バリストン。
その傍らに、彼。
黒衣に包まれ、露出を強調する異国風の装い。
蒼い竜を模した刺繍。
無防備なほど肌を晒し、……まるで、飾り立てられた人形のようだった。
そして――
きらり、と。
彼の耳に揺れるイヤリングが光を弾いた。
――同じ。
私が、あのとき少年に渡したもの。
思考が凍りつく。
胸の奥を握りつぶされるような感覚。
確かに、彼はあの日、私のイヤリングを見た。
見て、そして――何かを思い出したのだ。
(……やっぱり。やっぱり、レイだったんだ)
嬉しさと、同時に押し寄せる不安。
彼は、私を見ない。
黒く濁った瞳。
焦点の合わない視線。
生きているのかさえわからないほどに、彼は――空虚だった。
(違う。……これは、レイじゃない)
ぎり、と拳を握る。
バリストンは微笑んだ。
「……おや、陛下? これはまた……意外なお客様だ」
言葉の裏に、かすかな戸惑い。
なぜここに、と。
主催がしらないとは。
(――招いたのは、レイじゃなかったのか)
胸に鋭い棘が刺さる。
バリストンは彼の腰に手を添えた。
まるで、幼い子供が大切な人形を抱きしてるみたいに。
……壊れ物に触れるように、慎重で異様に優しかった。
あ然としている私に彼が答える。
「……まあ、いい。私は他のお客様の対応をしてくる。相手をしてあげなさい、レイ」
静かに、手を離す。
彼――レイは、微動だにしなかった。
(あなたは……)
私は心の中で叫んだ。
何があったのか。
彼のイヤリングが助けてという声が聞こえてきた気がした。
――それならば、必ず、取り戻す。
そう誓いながら、ワイングラスを置き、ゆっくりと歩みを進めた。




