四十四話.落ちて、堕ちていく【レイ(セレスタ)視点】
※本話には一部、登場人物による強い執着描写・偏った愛情表現が含まれます。
恋愛感情ではなく、あくまで人物間の“歪んだ関係性”として描かれております。
苦手な方はご注意ください。
「待て」
叔父様が呼びかける。
振り返った私に、座ったまま、彼は指を――
ぱちん、と鳴らした。
脳の奥で、何かが砕けた。
頭蓋の内側を内側から押し広げるような、いやな響き。
世界が色をなくしていく。
なのに、熱だけが残った。
(……だめ、まだ……私、まだ……)
「レイ?」
呼ばれていることはわかっていた。
けれど、声に応える余裕もない。
ふらふらと立ち上がる。
袖を掴まれた感覚があったが、思い切り振り払った。
拒絶ではない。
ただ、それしかできなかった。
(まだ……伝えなきゃ、届かない……!)
喉が焼けるように痛い。
身体が重い。指先が震える。
けれど、私は机へと向かった。
手紙を――書かなくては。
震える手でペンを握る。
紙がぼやけて見えた。
なのに、宛先だけははっきりしていた。
女王陛下――。
筆跡は乱れ、涙でにじむ。
それでも、どうにか文字を紡ぎ鳥に託した。
「は、あ、……っ」
喉の奥から吐き気が込み上げる。
でも、指は――イヤリングを探していた。
私の証。
たった一つの繋がり。
耳元で、かちりと音が鳴る。
赤い宝石が触れた瞬間、心が少しだけ戻ってくる。
(見つけて。お願い……)
視界がぶれる。
床が歪む。
床が近くなっていく。
それでも私は足を引きずり、扉を開けた。
行かなきゃ。
会わなきゃ。
そうでなきゃ、私じゃいられない――!
だが、背後から柔らかな声がかかった。
「……あれ? おかしいな。ちゃんとかけたよね? びっくりした。すぐ食堂出ちゃうからさ」
振り向いた瞬間、頭を撫でられた。
その手は、いつもと同じ、優しいふりをしたもの。
「俺は可愛い君を苦しめたいわけじゃないんだけど……でもまあ、苦しんで這いつくばる君は綺麗だね。可愛いよ」
「っ……やめ……っ」
言いたかった。
やめて、って。
でも、声が出ない。
喉の奥で、何かが鎖のように絡みついていた。
「やっぱり、陛下のそばに置いといちゃダメだったね。辛かったろう。……ごめんね」
吐き気が、今度こそこみ上げた。
その口調が微笑みが。
すべてが恐ろしくて――
さらりと囁くようにもう一度。
ぱちん、と指が鳴らされた。
何かが決定的に壊れた。
霞んだ視界の向こうで、花がしおれていくように、世界が私から剥がれていく。
でも、身体は軽い。
命が抜けていくような、心地悪い軽さだった。
近くの青い花がやけに眩しい。
自分の心の声みたいに。
心が叫んでいる。
行かないで、と。
止まって、と。
けれど、その声は。
もう自分にも聞こえなかった。
「いいね? レイ」
最期の命令のように響いた声に、私は抗えなかった。
「……仰せのままに」
口が勝手に動いた。
涙も、思考も、痛みすら消えていく。
私はゆっくりと落ちて、堕ちていった。




