四十三話.紅の招待状【セレスタ視点】
昼だというのに私はまだベッドの上でごろごろしていた。
屋敷の庭に咲く蒼のルミナリアが、眩しくてしかたない。
今日は騎士の業務も、訓練もお休み。
それをいいことに、昼を過ぎても寝間着のまま枕を抱えて転がり続けていた。
「うあああああ……っ、無理だよぅ……変な声出ちゃう……!」
私はベッドの上で、悶絶していた。
一昨日の手合わせ――ヴァルディス卿との鍛錬は確かに厳しかった。
ついつい、本気を出しかけたこともあって終わったあと自己嫌悪にもなった。
陛下の耳に入ったらどうしよう。
でも、あれくらい気合を乗せなきゃ、陛下を守れる力なんてきっと持てない。
少しの後悔とたくさんの想いを乗せて、私は戦ったのだ。
――それよりも。
「陛下のイヤリング……やっぱり、同じ……あの時の……っ!」
何度も頭をぶんぶん振っても、消えない記憶。
蒼いルミナリアに照らされたあの横顔。
耳元で、確かに輝いていた。
私の、大事に隠してきたものと――まったく同じ意匠。
ばれてないよね!?
チラチラ見ちゃったけど!!
パーティの時見えなかったから余計に見ちゃったかも……。
(あんな、完璧なまでに! 似てるとかじゃない。同一!! まって、私……そんな、そんな……)
また一つ、胸の奥に秘密が増えた。
再びベッドの上でバタバタと転がる。
ベットが私のせいでギシギシ揺れる。
脳みそがとろけそう。
胸が、痛い。
――あの時の男の子が陛下だったなんて。
夢じゃないよね……。
頬をつねってみた。
痛い。現実だ。
本当に、大切そうに……あのイヤリングを嵌めていて。
「うわあああああああ……! 好きぃ……無理だよぅ……っ」
恋の衝撃ってこういうことを言うんだろうか。
心臓が、苦しい。
でも、あの笑顔を思い出すたび。頬がとろけて、どうしようもなくうれしくなる。
ベッドの上で、ハートのダンシングブレイクごっこを繰り返していると――
「セレスタ様、昼食の時間です。旦那様から降りてきなさいと……」
「は、はーい!」
すっかり声が裏返った。
頬を冷やしながら、自室備え付けの洗面台で必死に身なりを整える。
こんなときに限って、髪はぼさぼさだ。……ベッドで転がっていたせいなのだから当然だけど。
(でも、こんなの……叔父様に叱られちゃう)
乱れた服を引っ張り、くしゃくしゃの前髪を指で押さえつける。
侍女を呼ぶ勇気なんて、ない。
絶対、今の私のバタバタを聞いて「可愛らしい」と笑っているに決まってるから。
通路に出ると、案の定にこりと笑って見送ってくれる侍女の視線を浴びた。
ああ、気まずい……。
そんな思いを押し殺して、食堂へ向かう。
開放感のある、涼しげな場所。
叔父様が先に静かに葡萄を摘まんで口にしていた。
いつも通りだ。公務がどれだけ忙しくても、食事は必ず一緒に取ってくれる。
「今日は遅かったな」
「あ、はあ、まあ……色々あって……その、はい」
目が泳ぐ。
絶対、顔に出てる。
なんでよりによって叔父様の前で動揺してるんだろう、私。
だけど叔父様は別に私を咎めるでもなく、目線は手元の書類へと向けられていた。
ホッと胸を撫で下ろして、席に着く。
……けれど、その油断が甘かった。
昼食を終えかけた頃。
叔父様がふと葡萄の皮を置き、こちらを見た――
相変わらず、その視線はどこか遠い。
「今夜、パーティを開く予定だ。君自身として、出席してもらうよ」
「へ?」
パンを咀嚼していた口が止まる。
飲み込めない。
(え、えええ? 今、なんて……?)
「私もあまり気は進まない。しかし、君も成人しているから、とね。うるさくて」
穏やかな声。
だけど、どこか怒っているようにも見えた。
なんで。
なんで今なの?
ずっと……私はレイとしてしか出てこなかったのに。
顔も、声も、全部隠して――今更、仮面を外して人前に出るなんて。
不安がざわざわと胸を満たす。喉がひゅっと狭まる。
「まあ、私もそばにいるから。嫌になったらすぐ退出すればいい」
優しいフォロー。
けれど、赤い瞳はどこまでも私を映してはくれなくて。
(叔父様……)
その不安の中で、ふと浮かんだ。
もしかして、あの人――
「陛下、いらっしゃるんですか?」
「いや?」
短い返答。
思わず胸がズンと沈んだ。
(来ない……)
こっそり、招待状を送ろうか。
レイの名前でなら、陛下は来てくれるかもしれない。
私じゃない。
それでも、今だけは。
もし、イヤリングをはめていたら――
あの時の少年を、私だと気づいてくれるだろうか?
怖い。
でも、会いたい。確かめたい。
思い出す。
あの言葉を。
――『まだ、何も問わぬよ。 おまえが、話したくなった時に、話せばいい。私は、その時を待つ』
……受け止めてくれるだろうか。
私の、全部を。
「で、では……準備してきます」
混乱と少しの決意を胸に、立ち上がった。




