表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/84

四十二話.白き灯篭の誓い【ヴェラノラ視点】


 唐紅の空がイグニス王国を見下ろしている。

 赤いルミナリアが、静かにそれを見上げていた。


 生垣から通路へと出ると、ちょうど城側からヴァルディスが歩いてくるのが見えた。



「……見ていたのか、ヴァルディス」


「なんでも登りますからな、アッシュ様は。城壁をよじ登り城下町へ抜け出した回数、数えましょうか?」


「ふふ……誰にも気づかれないと思ったのだがな」



 私は肩を竦めて苦笑した。

 だが、ヴァルディスの表情はどこか遠い。

 風にかき消されるような小さなため息を落として、彼は問うた。



「アッシュ様は、レイ殿をどう見ておられるのですか?」


「婚約者だ」



 即答すると、相手がレイであれば間違いなく固まっていただろう光景を想像し、思わず口元が緩む。



「ふふ……」


「そういう意味ではなく」



 淡々と突っ込まれ、私は肩をすくめると、真面目な話へと戻した。



「レイは――自分自身を押し殺している者だと、私は見ている」



 その言葉に、ヴァルディスの眉が僅かに動く。



「……おっしゃる意味は?」


「仮面のような忠誠、極端な礼節、抑えすぎた身のこなし。……あれは誰かに教わったというより、刷り込まれたものだろう。自然なものではない」


「なるほど、仕込まれた、ということですか」



 ヴァルディスがカイゼル髭を撫でながら考え込む。

 私は続けた。



「先ほど、私が昔を思い出した時――彼も、何かに気づいたようだった。夜会の時も、仮面を被っていた顔ではなかった。……少なくとも私は、そう感じた」



 ふと風が吹き、髪が乱れる。

 それを耳にかけながら、私は無意識にイヤリングに触れていた。

 ヴァルディスもその仕草を見逃さない。


 彼も知っているのだ。

 かつて、城下町で迷子になった私を探しに来たことを――。



「やはり、似ておられるのですね」


「……確証はない。だが、強くそう感じる」



 私が静かに告げると、ヴァルディスも頷いた。



「では、今度は私から。……アッシュ様の騎士殿を少し借りた結果をご報告しましょう」


「ふふ……楽しみだ」



 レイ本人には詳細を聞けなかった。

 その分、ヴァルディスの報告に期待している自分がいた。



「剣技としては、まだ伸びしろがある。だが――途中から手合いとも呼べぬ展開になりましてな」


「?」



 眉を寄せると、ヴァルディスは肩をすくめた。



「年甲斐もなく、私が風魔法を使ってしまいましてな。彼の木刀が吹き飛び、それ以降は拳での戦いになったのです」


「拳、だと?」


「ええ。……正直、恐ろしさすら覚えました。あれでもまだ抑えていると、そう感じましたよ」



 静かに告げるその声には、重みがあった。



「筋力だけでは説明できぬ速さと重さ。そして――あれは、かつてギルドで魔物と戯れた時の感覚に近い」


「……ふふ。老体に鞭打ったか」



 私は笑いながらも、内心曇る。

 ヴァルディスがここまで言うとは、それだけ異質だということだ。



「それでも、私はレイを選んだ。……気まぐれで指名したわけではないぞ」


「その節は失礼しましたな」



 謁見の場で即興の婚約宣言をした際、彼から何度小言を受けたか。

 これはその意趣返しだ。



「それがアッシュ様のご意志であれば、従います。……レイ殿もきっと、喜ぶでしょう」


「?」


「終わり際、少しだけ、悲しそうに見えました。おそらく――自身の異常な力を知って、アッシュ様が遠ざかってしまうのではと、怯えていたのかもしれません」



 私は小さく息をついた。

 そうならぬよう、もっと寄り添わなければならない。



「ところで、一つ気になることが」


「バリストンか」


「ええ。……ノルがレイ殿に向ける眼差し、主従や義理の親子というには、あまりに歪です」


「私も、そう感じていた」



 思案する。

 レイを王城に引き取るか。

 あるいは、ヴァルディスの養子とするか。


 バリストンを突く手もあるが、あの男は狡猾だ。

 ふわりと躱される

 下手をすればこちらが論破されかねない。

 どれが最も適切か、慎重に見極める必要がある。



「ヴァルディス。おまえはあれをどう見た?」


「……主従の忠義ではありません。あれは、執着。しかも、強烈なものです。隣に立たれることすら、本能的に嫌がっているように見えました」



 私はまたイヤリングを撫でた。



「いずれ、あの男も誤魔化しきれなくなる」


「……引き続き、調査を進めます」



 ヴァルディスが静かに頭を下げた。

 白く灯るルミナリアが、夜の訪れを告げている。

 私は蒼白く光る花を見つめながら、心の中で呟いた。


 ――レイ。


 おまえを守るためなら、私は何度でも、誰とでも剣を交えよう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ