四十一話.話せぬまま、灯のなかで【レイ(セレスタ)視点】
陛下を支えた腕から、まだ熱が引かない。
離れたはずなのに、胸の奥がずっと、焼けるように痛かった。
もしかしてと思った。
これは襲撃があったあの日の炎――この人に守られた時と、同じ温度なのかもしれない、と。
手合わせの反省をするつもりで、生垣を歩いた。
けれど、陛下が落ちてきた。
何の覚悟もないまま、私は手を伸ばして初めて自分から、触れた。
ただ、助けるためだけに。
なのに。
(……怖かった)
壊してしまうかもしれない。
この手で、傷つけてしまうかもしれない。
そんな恐怖が、全身を走った。
助けられてよかった、と胸をなで下ろす反面。
心はずっと揺れていた。
陛下は私の膝の上で、微笑んでいた。
優しく、まっすぐに。
視界の端に、耳飾りが光る。
……あの赤。
中央の宝石。
竜の爪を模した意匠。
やっぱり、間違いない。
自室の奥。大切に隠していたあの片割れと、同じものだ。
パーティ時は恥ずかしさで混乱していて、見間違いかと思っていた。
(……やっぱり、陛下の物だったんだ)
幼い頃、私が引いた手を繋いでくれたあの人。
別れ際。静かに微笑んで、イヤリングを手渡してくれた――。
少年だとばかり思っていた。
だけど、違った。
ずっと、心の中で信じていた。
また、あの人に会えるって。
イヤリングがその証だって。
でも。
(私は……)
秘密を抱えたまま、陛下の隣に立っている。
何も言えず。何も伝えられずに。
胸が苦しい。
息が、少し、詰まる。
なのに、陛下は――
そんな私を責めずに笑った。
「今日は、よく笑うな」
名前を呼ばれた時、心臓が跳ねた。
(……私は、笑っていたのか)
自分では、必死に仮面を貼り付けていたつもりだったのに。
でもきっと、嬉しかったのだ。
この人と、こうして言葉を交わせることが。
何も知らないふりをして、優しくしてくれることが。
手合わせの結果を問われ何も答えられずに、ただ小さくうなずく。
「まあ、あとはヴァルディスにでも聞こう」
冗談めかしたその声に、思わず俯いた。
(ずるいよ、陛下……)
――どうしてそんなに、優しいんだ。
この想いが全部、零れてしまいそうだ。
言葉にしてしまったら、きっと、もう戻れない。
そんな私に、追い打ちをかけるように、 陛下は言った。
「まだ、何も問わぬよ。おまえが話したくなった時に、話せばいい。 私はその時を待つ」
夕陽の光が、陛下を赤く染めていた。
あたたかくて、眩しくて。でも少しだけ、遠い。
堪えきれなくなりそうだった。
今にも、声が震えそうだった。
だから。
「……ありがとうございます、陛下」
必死で言葉を絞り出して一礼して、 背を向けた。
顔を、見せられなかった。
――もし今、顔を見せたら、涙が零れるかもしれないから。
蒼いルミナリアの灯が、遠ざかる。
小さく、小さく、滲んでいく。
(……いつか、きっと)
そう願いながら私は静かに、生垣を抜けた。
(さよならじゃない。まだ、終わらせない)
その想いだけを胸に歩き続けた。




