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四十話.ルミナリアと、君の腕に【ヴェラノラ視点】



 風がふわりと私の髪を撫でる。

 生垣の中、どうにか壁を登り、細い柵に腰を下ろす。

 空を仰ぎ、軽くため息をついた。



(手合わせは、どうなっただろうか)



 ここから演習場は見えない。

 見えるのは、屋根ばかりだ。




 ……まあ、当然か。


 本人たちから聞くしかない。

 ここまで来たのは、レイを待つためだった。



 ――きっと、落ち込んでくるだろう。



 急なヴァルディスの申し出に、緊張したに違いない。



(ふふ……報告が楽しみだ。どれほど腕を隠していたか。あのヴァルディスが、どんな顔で語るか)



 思わず口許が緩む。





 細い柵。

 片足をぶらりと下ろし、もう片足を柵の上に立てる。

 他の者が見たら、はしたないと叱責されるだろうが、これも、城を何度も抜け出した私の“技術”だ。



(こうして風に吹かれていると、……あの少年を思い出してしまう)



 生垣の向こう、通路はすでに人の気配もない。

 私がここにいることなど、公然の秘密だ。

 ふと、下のルミナリアがかさりと揺れる。

 ちらりと覗くと、遠く離れた場所に、青く変わった花があった。


(……来る)




 そして。


(――来た)


 生垣をかすかに揺らし、歩いてくる影。

 見慣れた、黒衣の騎士。

 フードを深く被っていても、俯き加減でも、すぐに彼だと分かる。



 やや疲れた足取り。

 ……精神的な疲労の方が大きいのかもしれない。


 いつ声をかけようか。

 見計らっていると、その姿にふと、満たされたような静けさを感じた。



(……頑張ったのだな)


 思わず身を乗り出した。




 ――その瞬間



「あ」



 つい力を入れてしまった足が滑る。

 細い柵ではどうにも体勢を立て直せない。




 ――落ちる!


 咄嗟に身構えたが、衝撃は、思ったよりも柔らかかった。

 柔らかい腕が、私を受け止めていた。



「だ、大丈夫ですか!? 陛下」



 白い月のような瞳が、驚きに見開かれる。

 肩に力が入り、震える手。

 私に触れそうで触れない。



(……そこまで、か)



 その様子に、胸がきゅうと締めつけられた。

 壊さぬよう、怯えながら、支える腕。

 それでも、私に触れることは恐れている。


 この力、この慎重さ。

 すべて、私のために――。



(愛おしい)



 本人にとっては大変なことだろう。

 だが私は知っている。

 力を持つ者が、それを「使わない」と選ぶ時。

 それは、誰より深い想いがあるということを。


 思わず口角が上がるのを、唇を噛んで堪える。



「……おケガは?」


「ない。ありがとう、レイ」



 そっと彼の腕を離れ、地に足をつける。

 ……その前に。


 頭を、撫でた。



「……っ」



 生垣の木漏れ日が、彼の顔に斑に刺していた。

 困ったように眉を下げ、照れたような表情。

 それがまた。美しくて、愛しい。

 隣に腰を下ろすと、彼もそっと肩を寄せる。



(あの頃は、ただの記憶だったはずなのに――)



 私はふと、イヤリングに触れる。

 耳元に髪をかける。



「!」



 彼が反応した。



「どうした?」


「い、いえ……」



 視線をそらす。

 わかりやすい。

 きっと、落下したとき。

 彼は私のイヤリングを、じっと見ていたのだろう。



(まさか……)



 淡い期待が胸をかすめる。

 けれど、問いかけるのはやめた。

 どうせ彼は、何も言わないだろう。




 それでも――




 彼の白い瞳に映る私は、女王でも、誰でもない。

 たった一人の私(ヴェラノラ)だった。


 その目が、言葉より雄弁に。

 私だけを見ていると、確かに伝えてくる。



(もしかしたら――)



 そんな希望を、胸に秘めたまま。

 私は、彼の照れ隠しの視線をそっと見つめながら、微笑んだ。




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