三十九話.咲きかけの瞳に【ヴァルディス視点】
※本話には一部、登場人物による強い執着描写・偏った愛情表現が含まれます。
恋愛感情ではなく、あくまで人物間の“歪んだ関係性”として描かれております。
苦手な方はご注意ください。
白い石畳の静かな回廊。
白と赤のルミナリアが、静かに燃え咲いている。
――アッシュ様は、どこに……。
騎士との手合わせを終え、職務の報告も兼ねて、城内を歩く。
その通路の中ほどで、見知った人物――ノル・バリストンとすれ違った。
食べかけの葡萄を抱えている。
また抜け出したのか……。
政務などは終わったのだろうか。
私は立ち止まり、注意も込めて声をかけようとした――その時。
「いい手合いだったようですね、右宰相殿」
先に口を開かれた。
どこかで見ていたのか。
バリストンは口元だけでほほ笑む。
「見物を?」
「ええ。休憩所からだと、よく見えましたから。……あの子の動き、ようやく誰かに見せるようになったなあと思いましてね。あなたにはよく懐いているのかな」
「私には、特別な印象はありませんが」
嘘だ。
本当は、気になって仕方がない。
だが、彼に気取られないよう、さらりとかわす。
「ふーん。そうか。……だが、私はずっと見ていたのですよ。あの子がああいう目を誰かに向けるのは、初めてです。剣ではなく――心を許すような目を、ね」
その声は、うっとりとすらしていた。
「随分とご執心のようで」
「当然でしょう。両親を失ったあの子を、私が育てたのですから。文字通り、手塩にかけて。愛らしいでしょう?? 夜ごと調整して、傍で成長を見届けて大切に大切に。見られないように守って……」
そこまで言うと、バリストンが一歩、また一歩、私に踏み寄った。
あと数歩で、懐に入りそうな距離。
騎士の性で警戒はするが、彼の視線の先は――騎士団の本部だった。
「あの手の強さも、瞳の白さも。誰よりも美しく、壊れやすいのです。会ってみて、話してみて、わかったでしょう? だからこそ、私が制御してきたというのに……」
そこでため息を吐く。
私はあえて、興味を引くように尋ねた。
「制御……? 陛下が触れてから、何か不都合でも?」
「うん? いや、触れたのが陛下であろうと誰であろうと、彼の目が”誰か”を映すこと自体が、不快でしてね。まあ、警告というやつですよ」
はははと軽く嗤う。
表向きの仮面は脱ぎ捨て、 しかしその熱量はまるで執念そのものだった。
「私はね……あの子が私以外の誰かに笑いかける日が来るなら――その前に、綺麗なまま閉じ込めてしまいたいと、何度も思ったくらいですよ」
「……」
注意すら忘れて、聞き入る。
これは、予想以上に病的だ。
もう少し確証があれば。
だが、まだ。
今問い詰めても、何も引き出せないだろう。
「とにかく、あなたも気を付けてくださいね。あの子に手合わせの続きを求められても、断っていただいて結構です。……あの子は、守られるべき存在。それこそゆりかごに。救わないとね、私が」
さらりと告げ、バリストンは背を向ける。
マントの裾が咲くルミナリアに触れ、黒く濁った。
私は、僅かに目を細め、その背中を見送った。




