三十四話.秘め火、仮面を焼く【レイ(セレスタ)視点】
最後の一歩を踏み終え、熱が離れていった。
指先が名残惜しそうに空をすり抜け、マントの中へ収まる。
「ありがとう」
と、陛下が一言。
それに応じ、私は胸に手を当て、騎士として頭を下げようとした――が。
心は黒い殻のひび割れたまま。
私の身体は反射的に、片足を引き、マントをふわりと翻していた。
女性が行う最も典雅な礼――カーテシーを。
マントの内側から覗く青の裏地。
ダンスステージ隅の白いルミナリアが静かに照らす。
(――しまった)
慌ててマントを整え、予定通り騎士の礼に戻そうとするも、空気が凍りつく。
いや、固まったのは私だけではなかった。
次の瞬間――
「きゃあ……」
「素敵……!」
令嬢たちの歓声が上がった。
驚きよりも、むしろときめきと歓喜に満ちた声。
(……最悪だ)
顔が熱い。
胸が痛い。
耳まで赤くなっている自信がある。
表情を隠すように顔を伏せた。
陛下も、すぐそばに立っているはずなのに、何の反応もない。
それがまた、怖かった。
胸に押し寄せる羞恥と後悔。
この感情だけで火に油どころか、王城ごと燃やしてしまいそうだ。
「……ぅぅ」
小さな唸り声が漏れる。
立ち尽くす私を救ったのは――
赤だった。
陛下の紅蓮の炎が舞い上がり、情けない私の顔を、世界から隠してくれた。
いや、隠した――そういう意図を感じた。
炎に魅せられた人々の視線が、私から逸れる。
ちらりと陛下を見ると、 困ったような、しかし嬉しそうな……そんな笑みを浮かべていた。
(……っ)
消え入りそうな声で一礼し、退こうとする私。
だが、すっと手を伸ばされ、引き寄せられた。
耳元に、そっと囁く声。
「美しいぞ、レイ」
「――……!」
その声音には、笑いも呆れもなかった。
ただ、愛しさだけがあった。
さらりと、手の甲で私の頬を撫でながら。
「気取った仮面より、今の素顔のほうが――よほど絵になる」
「……っ!(それは、反則です)」
陛下はふっと微笑んだ。
少し顔を傾けた。
イヤリングがからりと鳴る。
私は何も言い返せなかった。
「……その、……」
「ふふ……。さて、仕事が残っているとでも言い訳しておこう。……他の有象無象に、こんな顔を見せたくないからな。――またな、我が剣よ」
「――ん」
炎の中に、私と陛下だけがいる。
その手に顔が傾きかけるのを抑える。
陛下の魅力に、もう少しで溺れそうになった。
私はそっと一礼し、踵を返す。
これ以上そばにいれば――甘えてしまうのが目に見えていたから。
その顔の傍できらりと光る耳飾りが私を狂わせる。
胸の奥に、焦げつくような熱を宿しながら、背中越しに、陛下の凛とした声が響いた。
「さあ、メインは仕事に戻った。此度は様々な者が尽力してくれた。今宵は労いの場だ。存分に、楽しむがよい」




