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三十二話.仮面の焔、名を告げる【レイ(セレスタ)視点】


 背後で、ほんのりと朱に染まった陛下の頬が見えた気がした。


 嬉しい。

 たまらなく、嬉しい。


 けれど、同時に。

 あのイヤリングの記憶が、心に重たくのしかかる。


(……このまま、平穏にパーティを乗り切れる気がしないな)


 小さく溜息をつきながら、私はまた一歩を踏み出した。



 背後のドアをそっと閉めた瞬間。

 心の奥にぐわりと余韻が押し寄せる。


 ……また、逃げてしまった。



「……はあ」



 すぐ顔を合わせなければならないというのに……。

 気まずいことこの上ない。


 すでに大広間には優雅な楽の音。

 大きな楕円の窓から覗く奥の庭園は、先日の出来事などまるでなかったかのように美しくライトアップされていた。

 大広間の左右には、橙のルミナリアが煌々と燃え、豪奢なシャンデリアと精緻な装飾を照らし出している。


 貴族たち、そして招かれた騎士たちも、思い思いにダンスを踊り、立食を楽しんでいた。



「ふう……」



 形式上はあくまで政務の一環。

 私という婚約者のお披露目だけではない。

 大臣や騎士たちへの賞与授与――そんな役目も担っている。


 けれど、それ以上の意味を、私は感じてしまっていた。


(まずい……息が浅い)


 王城の大広間の片隅で、私は何度も深呼吸を繰り返していた。

 一応“主役”である者が、片隅にしかいられないとは――自嘲気味に思う。


 騎士としての表面は、いつも通り。

 胸元に刻まれた紫の蛇が囲む黒と金の竜の紋章が、まるで心臓の鼓動を拾っているかのように熱を持っていた。


(何度も戦場に立ってきたのに。今日ほど緊張するのは、初めてだ……)


 内心の葛藤――忠義と、恋心。

 それを表に出すわけにはいかない。

 ……もしかしたら、陛下はただの仮面の婚約者を求めているだけかもしれないのだから。


 ――いや、あの顔を見たら、期待してしまう。


 あのイヤリングも――。


 すべてを打ち明けられたら、どんなに楽だろう。

 けれど打ち明けたら最後、虚偽で裁かれるに決まっている。


 気分が悪い。


 ふと目に留まった。

 赤の中にひっそりと咲く一輪の青いルミナリア。

 私を慰めるように揺れていた。



 扉が開かれた。

 ヴァルディス様が手を添え、誰かを伴って現れる。


 皆が動きを止め、一礼する。


 颯爽と現れた彼女――向かう先は、緩やかな階段の上に設えられた王座。

 その周りには、赤のルミナリアが燃え盛っていた。

 下段の方は白が燃え盛る。


(――ああ、火の上を歩いてるみたいだ)


 燃える花が、陛下の桃色のドレスを際立たせる。

 柔らかく、けれど確かな炎。竜の炎そのもののような。


(……綺麗だ)


 どうしても目が、耳の金飾に引き寄せられる。

 過去に渡された、あの片割れのイヤリング。


(やはり、本当に……)


 震える手で、給仕から飲み物を受け取る。

 もう一人の私――セレスタが、胸の奥で顔を出す。


 陛下は大臣たちと挨拶を交わしていたが、すぐに、燃える瞳で私を見つけた。



 大勢の中で、ただ一人。

 私だけを。



 胸が焼けるようだ。


(……落ち着け、私)


 ぎゅっとマントの下で胸を押さえる。

 私は騎士だ。

 この人の騎士なのだから。



 それでも、鼓動は抑えられない。



「皆も知っての通り、此度私は婚約した。さあ、婚約者を紹介しよう」



 陛下の声に、会場の空気が変わる。

 私は意を決して一歩踏み出した。



 静まる音楽。

 止むダンス。

 こつ、こつと、自分の足音だけが響く。


 注がれる視線。

 期待、警戒、侮蔑、羨望――さまざまな思いが突き刺さる中。



「誓焔騎士団、レイ・バリストン。参上いたしました」



 名乗りを上げると、空気がわずかに引き締まった。



「先ほどは美しい花束をありがとう。我が婚約者よ」


 ――ああ。


 目の前で、陛下がそう言った。

 まるで当たり前のように、私の手を取って。


(やめて……そんな顔で……)


 胸がぎゅっと縮こまる。

 抱え込んでいたはずの。

 押し殺してきたはずの “もう一人の私”(セレスタ)が、内側から叫び始める。


(こんなの、隠しきれるはずがない……!)


 顔は辛うじて、平静を保っていた。


 けれど、心はもう、今にも――。


 胸の中で黒い殻がぱきん、と音を立てた気がした。

 これまで纏っていた”仮面”(レイ)

 忠義と騎士道で塗り固めた仮面に、確かなヒビが入った。


 それでも私は、震える声を必死に押し殺して答えた。



「……お招き、いただき光栄です」



 それだけが、ぎりぎり私に残った”騎士”の顔だった。





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