三十話.真実の愛は、手の中に【レイ(セレスタ)視点】
あれから数日後。
襲撃者が何者かに始末されたと、別部署から耳にした。
中には「魔物に襲われたのでは」という、突拍子もない噂まで飛び交っているらしい。
……だが、そのおかげか。
陛下の婚約発言に対する王宮内の動きは、目に見えて沈静化していた。
それでも水面下では、また別の波紋がじわじわと広がり続けている。
――婚約パーティ。
その言葉だけで、胸の奥がまたざわめいた。
それはそうと今日は、郊外の見回りだ。 また、へまをしないようにしないと……。
相棒は、永遠に喋り続ける赤の竜騎士――カイル。
魔物が壁の向こうから現れる可能性もあり、警戒は必要だ。
だが、今は平和そのものだった。
青と金のルミナリアが風に揺れ、陽光を浴びて燃えるように咲いている。戦闘もなければ、異常もない。
ただただ、竜騎士とともに散歩するだけの任務。
――しかし、カイルはよく喋る。いつも通りだ。
そのおかげで、心のざわめきや、こめかみの奥に残る微かな痛みも、いくらか和らいでいる。
感謝など、絶対に口に出すつもりはないけれど。
「――でさあ、結局、審問官も見張りも、記憶がないってよ」
「……そうか」
「はあ……。おまえ、怪我は大丈夫なのか? 最近、だろ?」
「問題ない」
短く返して、道端に咲くルミナリアの花に指先を伸ばす。
「じゃあ、ちょうどいいや。興味ありそうな話、してやるよ」
軽い調子で言ったカイルは、ちらりとこちらを見る。
ああ。こいつ、パーティの話しようとしてるな……。
目線だけで語られる。
――そう、明日はパーティだ。婚約者お披露目の席。
カイルや他の騎士たちは護衛として参加することが決まっている。
そして私は主役同然。
断るなど、できるはずもない。
なにせ、私自身が……主役なのだから。
「う……」
呻く私に、カイルはさらに笑いを深めた。
「へへへ……で? 服装は? もう決めたのか?」
「普通に、騎士団の制服を着ていく……つもりだ」
「だろうな。服はそれでいい。……でも、それだけじゃないだろ?」
「……?」
首を傾げる。
……ダンスか?
それなら、もう一人の私――“セレスタ”として、最低限の礼儀作法は叔父様から仕込まれている。
大きな失態を晒すことはないはずだ。
「いや、わかんねえかな。陛下がおまえを指名したのは、ただ婚約を回避したいだけかもしれない。でもな。おまえが本気で『陛下のことが好きです!』って言ったら……、
イチコロだぜ?」
「……」
言葉を失う。
カイルは得意げに続ける。
「ルミナリアって、花言葉があるんだ。知ってるか? 興味ねーだろうけどさ」
そう言って付近の国花を「青は初めてみたな。ちょうどいいや」と言って手に取る。
「……?」
それらを纏めてからカイルは無理やり私の手に、蒼と金色のルミナリアを押し付けた。
「”真実の愛”――だよ。花言葉。 知らなかっただろ? 青ってのも珍しいな……。ほら、この青と金をまとめて……」
戸惑う私をよそに、カイルはにやにや笑いながら話し続ける。
「最近な、イグニスではプロポーズにルミナリアを使うのが流行ってるんだと。 おまえもやれよ! なあ、聞けって! 俺が文面考えてやるからさ!」
カイルが大仰な口調で言った。
……こいつも誰かにやったことでもあるのだろうか。
「『陛下としては偽りの婚約でしょうが、私は心から愛しております。永遠に』……って、どうよ?」
「――っ」
……無理だ。
そんなこと。到底、口にできるわけがない。
ただでさえ、明日のパーティに向けて、イメージトレーニングで手一杯なのに。
「ま、どうせおまえは言葉にできないだろうけどな。 だからせめてこれだけでも、渡せ」
「あ、ああ……」
放心する私を尻目に、カイルはさっさと歩き出す。
手元には、青の5本を金のルミナリアの2本を囲う形。
その金蒼の花束が残された。
――金の花、たまにしか見かけなかったが……。
柔らかな光を帯びて、 その花は、静かに揺れていた。
ルミナリアの花束は薔薇の本数の花言葉にかけています。
青5本:あなたに出会えて本当によかった
金2本:この世界はあなたと二人だけ
計7本:密やかな愛




