二十九話.焦土の楽園に微笑
【バリストン視点】
焼けこげた庭園が窓から伺えた。
抉れた地面、ひび割れた石畳、抜けた木は随分遠くに投げられていた。
計画としてはまったく違う形。
しかしそれだけで俺のレイの力がどれくらいのものかよくわかり、ほくそ笑む。
――悪くない。
件の事件の襲撃者は一人逃し、三人は死亡。もう一人を捉えた、とのことでおわったらしい。しかも捉えた一人も誰かに暗殺。
事はしっかり順調に進んでいる、とドアの周りの青を見つめる。
そして、今日もうまく仕事を采配してなるべく自分の仕事を減らしていく。
ドアがノックされる。
応答すると、そこに立っていたのは――あの事件の渦中の陛下だった。
その険しい眉が全て語っている。
「邪魔するぞ」
「おはようございます陛下。此度の件の疲れも――」
「建前はいい」
「そうですか」
――朝の職務の合わせ。
おそらく俺が怠い朝の集会をサボったから来たのだろう 。
あんな集会に参加するよりも、レイと手合いしたほうがより有意義。価値がある 。
毎度右宰相のヴァルディスに釘を刺される、行くことは一切ない 。
父くらい歳が離れているからこそ、若くして左宰相になった俺を助けようとしているのだろうが、不毛なそれに絶対行く気はない。
しかし今日は、よりによって陛下直々に姿を見せた。
その後は別の侵入者の件。
火山しかない険しい陸よりも海からの貿易が重だから、そちらから来たことを見越して警備を強める方針なこと。
襲撃の件になると射止めた瞳を返してきた。
強者が獲物を見つけた時のような。
「率直に聞こう。……おまえの黒い噂は良く聞く。おまえが庭園の襲撃者の黒幕――首謀者だな?」
「ほう?」
分かってはいたが案外聡い。
だからこそ張り合い甲斐と煽り甲斐がある。
「とにかくこれが報告書だ。処理しておけ」
「これ以上私の仕事を増やすおつもりで?」
「どうせ、いつもみたいに振り分けるつもりだろう」
「……」
適材適所というやつなのに分からない人が多い。
仕事人間が多いのか。
はあ、とため息をついて、意趣返しした。
「あなたが婚約破棄したおかげで交易条件など変更するところも多くありますが…?」
「おまえは口が上手いだろう。一任している。外交も、――今回の件も、上手くそそのかしたのではないか?」
話を逸らしたつもりが、再び帰ってくる。
「まさか。そもそも私が首謀者であれば、こんな仕事は喜んで投げ出してますよ」
「ふん。どうだか」
「それはそうと、外交の件で相談したいことが。帝国は、我が国の“魔法”と“歴史書”を望んでいます。これが通れば、貿易条件はこちらにとっても有利。……文献の選定だけ、陛下とヴァルディス殿に任せたい」
「構わない」
「分かりました。お願いします」
他国はイグニス王国しか使うことのできない魔法を欲している。どう言う実験かは、想像に難くない。
いや、他国の知り合いのヤツさえ人体実験をしていたのだ。
……わかっているのかないのか。
レイが安全ならどうでもいいか。
「――ああ、これはヴァルディスの伝言だ。『会議は出なさい、朝の集会も出なさい』だ。私からもだ出ろ」
「……気が向いたら」
はあ、というため息を漏らし陛下が青の国花に彩られたドアをくぐる。
「……――!」
陛下の背中を辿っただけの視線の先。
静かな蒼穹と純白の帳に、ただ一筋――夜のような黒が滲んでいた。
――ふ。
やっぱり順調じゃないか。
イグニス王国が世界さえどうなろうと勝手。
(俺はレイとの手合わせが楽しくてよいなら……)




