二話.終わりの始まり【レイ(セレスタ)視点】
バリストン邸に帰還するとき――その門は王城を模したように壮麗だった。
伝説とされる巨大な竜がくぐれるほど広いアーチ型の門。重厚な黒鉄の柵には、精巧な装飾が施されている。
また、庭には蒼と白のルミナリアが咲き誇る。
王城の格式を真似て建てられたらしい、と他人は噂している。
しかし、私はどこか居心地の悪さを覚えていた。
……立派すぎる。
屋敷というより、檻みたいだ。
時々そう思ってしまう。
門をくぐると、すでに玄関扉は開かれていた。
ふわりと夜風に舞う白い長髪が俯いていた視界の隅に映る。
待っていたのは、ノラ・バリストン卿――私の育ての親であり、今や国の左宰相でもある男。
「おかえり、レイ。おつかれさま」
言葉はやさしい。
口調も穏やかで、微笑みさえ浮かべている。
でも、なぜか――喉の奥が、きゅっと詰まる。
(……なにを警戒してるんだろ、私)
自分にそう言い聞かせて「ただいま戻りました」とだけ答える。
深く頭を下げて、通り過ぎようとした。
その瞬間だった。
「……変身は、もういいだろう?」
パチン、と指が鳴らされる。
魔力が、流れを変えた。
鎧の内側で淡く光るそれ。私の肉体を緩やかに包み込み、変えていく。
慣れている。
昔から、ずっと繰り返してきた感覚だ。
最初は抵抗のあったそれも、今では日常の一部になってしまった。
音もなく、私の髪が伸びていく。
白銀の短髪が肩へとかかり、頬にかかる前髪が目元を柔らかく覆う。
身体の輪郭も、ふわりと変わっていく。細く、柔らかく。
どこか“らしく”なって。
(……魔法が、解けた)
私は、もう“レイ”じゃない。
“セレスタ”に戻った。
唯一変わらないのは、この髪の色。
レイの時も、セレスタの時も、私は“白”のままだ。
鏡を見れば、そこには“あまりにも整いすぎた”顔が映るだろう。
整った輪郭。
透き通るような白い肌。
侍女は美しいと褒めてくれるけれど、私はあまり好きじゃない。
(……女王陛下のような人と並ぶには、私はあまりにも中途半端だ)
あの人は強く、美しい。
すべてを受け止められる光を持っている。
私は違う。自分のことで精一杯で、何かを背負うには、心も体も小さすぎる気がして――
(……それでも、……せっかく曲がりなりにも選んでいただいたからっ……)
自分の意思で動いてるつもりだった。
コンプレックスがありすぎて、叔父様にお願いして今まで生きてきた。
こうやって簡単に変身させられると、どこからどこまでが“自分”なのかわからなくなる。
何度も努力した。
けれど、結局はズルズルと自信のなさが顔を出す。
心が自分のものじゃないみたいな感覚。
そんな思いが、今夜もまた胸の奥にこびりついたままだ。
セレスタ・バリストン
25前後
女王直属の近衛騎士。
表向きは少年騎士として振る舞っているが、変身魔法で姿を変えており、正体は女性。
育ての親である“叔父様”のもとで育ち、誰にも知られずに己の秘密を抱えて生きている。
超箱入り娘。だから、セレスタ自身の容姿など少々幼い。