二十七話.再調律【レイ(セレスタ)視点】
その夜。
バリストン邸にて。
(いたた……)
レイの姿のまま、治療を受けていた。
――陛下を襲った騒動は、夕刻にはすでに王城中に広まり、
国外からの刺客だろうという噂まで立っている。
尋問も終わっていないのに、噂好きには困ったものだ。
どちらにせよ、明日から騎士団はさらに忙しくなるだろう。
叔父様に変身魔法を解いてもらおうと、彼のいる書斎へ向かう。
ノックすると、ややあって静かな応答があった。
整然とした書斎。
積み上げられた書類は一糸乱れず、青いルミナリアが足元に広がり、薄暗い室内をかすかに照らしていた。
「大変だったな」
「はい。しかし、しっかりお守りできました」
「傷は?」
「……面目ありません」
叔父様に問い詰められる。
彼は怒っている時ほど、口数が少なくなる。
今回もそれだ。
背を向けたまま、カーテン越しに夜の中庭を見つめている。
その怒りが、自分を想ってのものだと分かっているから、 胸の奥がひどく痛んだ。
「……レイ。傷が癒えぬうちに悪いが、個別任務を頼みたい」
「は」
「いずれ君には、我が直属の私兵――陛下の護衛の中核になってもらう予定だ。……いいね、レイ?」
その言葉に、私はいつも通り、頷くつもりだった。
――だったのに、声が、出なかった。
仰せのままに、と。
ただそれだけを口にすればいいはずだったのに。
(……)
(……言えない)
なぜだろう。
あの庭園の炎。陛下の凛とした姿――。
あれが頭の奥に胸に焼き付いていて離れない。
「……?」
叔父様が、こちらを振り向いた。
その顔は、ほんの一瞬、驚愕と……失望に染まった。
沈黙はわずか数秒。
けれど私には、永遠にも思えた。
「やはり――陛下のそばに置くのは、間違いだったか……」
その呟きが、あまりに静かで、あまりに冷たかった。
叔父様は小さくため息をつく。
そのため息には、僅かな落胆と滲むような孤独があった。
「いま、何と?」
誰のそばだ?
……間違い?
怪我した横腹ではなく、胸が焼けるように痛い。
「いや、……独り言だ。さて、レイ。少しだけ手を貸してやろう。君は私の騎士。いつも通り従うべき主を忘れてはいけないよ」
バチンと指を鳴らす。
頭の中で霧が広がっていく。
意識がぼやけて、言葉が浮かんでは消えていく。
「すべて私の指示通りに。そうすれば、君は傷つかないから。それに、君がすべきことは何も難しくはない。難しいことは思い出さなくともいい。忘れなさい。苦しいものはすべて私が引き受けよう」
その言葉に誘導されるように、ゆっくり目を閉じた。
閉じる前の叔父様はいつも通り。
しかし何かが……頭の奥で微かに警鐘を鳴らしていた。
けれど次の瞬間にはもうそれさえも掴めないほどに、意識が堕ちていく。
……どこかで優しい人の声がした。
焼け焦げた匂い。
炎の温かさ。
「では、改めて問う。レイ、君に任務を頼みたい。どうだ? できるな?」
「……仰せのままに」
自分の声が遠く聞こえていつもより、気持ち悪い。
ゆっくりと頭を下げると、叔父様は満足げにほほ笑み、背を向ける。
足元のルミナリアが何かを訴えるかのように、強く輝き眩しかった。
「行っておいで、レイ」




